第294回 リンゴ可愛いや


 これだけの情報化社会いや情報過多社会になると、世の中には知らなくてもいい情報が氾濫するようになる。たとえば今手元に「ロッテフラボノ」というガムがあるのだが、この包装紙にこうある。
「一度に多量にたべると、体質によりお腹がゆるくなる場合があります」
 原材料欄にアスパルテームという甘味料があがっており、これが原因なのだろうとは思うが、しかしガムを一度に「多量にたべる」という状況は私にはなかなか想像しがたく、それ以前にここでいう「多量」とはどれくらいの量を示すのかが判らぬものだから、結局この情報は少なくとも私には意味をなさないのである。これは粒ガムと言われる形状で十四粒入りなのだが、もしこれが、
「一度に十四粒全てをたべると下痢します」
 とはっきり書いてあれば、「ならば気をつけよう」とか「罰ゲームに使えるな」とか何らかの生きた情報にもなろうけれど。
 さて、知らなくてもいい情報はさまざまな場面で遭遇するが、もっとも多いのは、情報提供の場を与えられながらしかし情報提供者には提供すべき情報がない、という時である。平たく言えば「とりあえず何かを書いて場所を埋めてやれ」という場合である。
 さて、今回はリンゴ・スターのことを書こうかと思ったのだが、ふとある事実に気づいて私は愕然とした。
「リンゴ・スターについて書くことなどない」
 リンゴといえば、まがりなりにもビートルズの一員であった男である。そして私は一応かなりのビートルズ・ファンを自任するものである。だが、にもかかわらず私がリンゴについて書くようなことは何ひとつないのだ。だって、リンゴだよ。ポールの、ジョンの、ジョージのことになれば私はいくらでも言える。私のバンドのボーカルなどは、私がジョンの話を滔々とまくしたてるのを遮って、「いいか、それ、女の子の前でするんじゃないぞ」と心配顔でいう。何故かと問うと、「そんな話したら女の子は引くぞ」。何でも、女子の人はそういったものよりスマップやらグレイやらラルクなんちゃらいう話を好むらしい。ではELPならいいのか、と私が訊くボーカルは言下に「なお悪い。ELTならいいが」とたしなめるのだった。まったくひどい時代だ。ぷんぷん。
 ところで、「アビーロード」というのはビートルズの事実上最後のアルバムである。私はこれを日本盤で持っているのだが、ご存じのように日本盤にはライナー・ノーツという習慣が存在する。アルバムなり楽曲なり演奏者なりについての寸評を書き綴ったものだ。
「アビーロード」にはリンゴ・スターの「オクトパス・ガーデン」という曲が入っているのだが、これのライナーは以下のようになっている。
「『Don't Pass Me By』に次ぐリンゴのオリジナル2作目だが、作曲と編曲にはジョージも多大な協力をしている。ピアノはポール、リード・ギターはジョージ、アルペジオ奏法のギターはジョン。バック・ヴォーカルはポールとジョージで、コップの水をストローで吹き泡の音を作ったのはリンゴ自身。69年4月26日に一度レコーディングされたが、7月17日に再度録音が行われた」
 私はこの解説を書いた人物に共感を覚える。というのも彼もやはり「リンゴについて書くことなどない」と思っただろうからだ。というのも、この曲はリンゴのものでありながら、解説にはリンゴに関することはたった二つしか書かれていない。
「オリジナル2作目」
「コップの水をストローで吹き泡の音を作った」
 他の曲の解説は、たとえば「カム・トゥゲザー」にはチャック・ベリーとの訴訟問題のこと、「ビコーズ」にはベートーベンの「月光」のコードを逆から辿ったこと、「サムシング」に到っては「ジョージの名作」とまで書かれている。だが、リンゴについては「ストローでぶくぶく」だ。そんなの子供でもできるじゃないか。
 この例からも、リンゴについて語ることはない、ということが知れるのだった。
 ところで、リンゴ・スターはビートルズ解散後いくつかの映画に出演している。もっとも有名なのは一九八一年の「おかしなおかしな原始人」だろうが、解散前後の一九六八年にも「キャンディ」という映画に出演している。これは大変いやらしい艶笑譚で、どれくらいいやらしいかというと原作の翻訳が富士見ロマン文庫から出ているというくらいのいやらしさと言えば判る人には判るだろうが、話はキャンディという少女が行く先々でさまざまな人に犯されるというものである。キャンディを犯すのは、シャルル・アズナブール、マーロン・ブランド、リチャード・バートン、ジェームズ・コバーン、ウォルター・マッソー、リンゴ・スターという錚々たる人びとである。しかしこうやって並べてみるとリンゴだけはあんまり錚々としていないなあ。
 さて、リンゴはテレビコマーシャルに出たこともある。かつてはシュウェップスで、数年前は「林檎、擦った」などとちょっとどうかと思うようなものに出ていた。どちらも飲み物であるが、これはやはりリンゴには「ストローでぶくぶく」というイメージがあったせいなのかもしれない。
 ところで、「リンゴ追分コンクール」というのがあるらしい。毎年開催され今年で七回目を迎えたのだそうだが、どうやらこれは美空ひばりの「リンゴ追分」のみに絞ったのど自慢のようだ。
 これはちょっとすごい。
 出てくる奴出てくる奴みんな「リンゴ追分」を歌うのだ。
「一番、山田。リンゴ追分を歌います」
「二番、田中。リンゴ追分を歌います」
「三番、中村。リンゴ追分を歌います」
 観客にとっては拷問じゃないのか、これ。
 こんなコンクール、いったいどこのどいつがやっているのかと調べてみたのだが、開催地が弘前市だということで納得がいった。
 道理で林檎多いわけだ。


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1999/12/12
文責:keith中村
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