第293回 細雪


 こんな流れになっていると、ああ次はジョージなんだろうなあと思う人もいるだろうし、自分でも当然こうなりゃもちろんジョージだよなんて考えてはいたものの、予定調和みたいにジョージのことを書くのにも何だかちょっとためらいがあって、じゃあジョージのことを書かなきゃいいんだろうけれど、ではかわりにどんなことを書いたらいいのかわからなくなって困ってしまう。
 ああ。たった一文で疲れてしまった。こういうゆらゆらした文体は憧れるけど書くのが大変なのだ。
 たまにウェブ上で書評めいたことをやっている人がいる。先日たまたまそういうサイトに辿りついたのだが、保阪和志、町田康、野坂昭如を挙げて「悪文の見本」と指摘してあったので、のけぞってしまった。確かに、西洋文法的谷崎版「文章讀本」的視点で論じればそういうことになるのだろうけれど、おいおい、そんなことを言えば紫式部だろうが清少納言だろうが「悪文の見本」ということになりはしまいか。
 谷崎で思い出した。
 学生の頃住んでいた下宿の二件隣にぼろぼろの食堂があった。ガラス窓のついた古い扉にはレースのカーテンがかけられており中の様子はよくわからない。営業しているのかどうかすら定かでなかった。ときおり老婆が前の道に打ち水をしていたので、廃屋ということでもなさそうだった。もうしもた屋になっているのだ、とか、いや大学の応援団は今でもあそこでコンパをやるのだそうだ、とか我々の間ではいろいろ取り沙汰された。中には、あれは谷崎が通いつめた食堂だ、という噂もあった。谷崎がお女将に惚れ込んで、毎日通いつめたのだというのだ。ひとりの先輩などは、あの老婆こそがその女将だ、としたり顔で語ったものだ。真偽のほどは判らないが、本当だとしたらもう松子夫人と出逢っていた時代だかどうだか知らないのだが、いずれにせよ流石は谷崎という逸話ではある。
 さて、松子夫人は三度目の妻だが、最初の結婚相手は千代夫人であった。これが佐藤春夫と取り合いになった例の小田原事件の渦中の人である。二人は揉めに揉めて、結局佐藤が千代夫人と正式に結婚できたのは十年も経ってからであった。
 これとそっくりな事件で思い出すのが、「いとしのレイラ」だ。
 ジョージ・ハリスンの嫁であったパティとエリック・クラプトンの恋愛である。なんだ、結局ジョージの話になってしまった。「いとしのレイラ」がパティへあてた曲だというのは有名な話だが、実は最初パティはそんなことちっとも気づかなかったというから、もしかしたら結構鈍い音無響子型の人だったのかもしれない。ところが、旦那のジョージはと言えば「マハリシ・ヨギ、すごいっすー」「シタール楽しいっすー」「カレーうまいっすー」とどんどんインドへ傾倒してゆく。まあ、カレー云々はどうだか知らないが、ともかくパティを抛ったらかしにするようになったのである。で、その頃から鈍い響子さんもクラプトンの気持ちをだんだん理解するようになって、とうとう同棲しはじめた。だが、結局二人が結婚するまでには何やかやで十年ほどかかっている。これも谷崎の例とそっくりである。
 ところで、若い頃のジョージ・ハリスンは何となく骸骨に似ている。だが、やや年をとって鬚を生やしはじめた頃からなんとなく渋い顔になってきた。こういう例は他にもあって、ピート・タウンゼントもデビュー当時は「鼻お化け」みたいな顔だったのが、だんだん恰好よくなってきた。キース・リチャーズもやっぱりジョージと同じく「ガイコツくん」だったが、今ではますます「ガイコツくん」である。こういうのは例外。
 最後に、妻の取り合いの例をもうひとつ思い出した。人妻だった曾野綾子を、作家三浦朱門が奪って結婚した、これが三浦綾子である。
 ところでここ最近で私のもっとも気に入っているフレーズはその三浦朱門のものである。
「ああ、あつい。ストーブを消しましょう。エイ、キック」
 ある本からの孫引きであるけれど、きっと読まれてる方も多いでしょうから多くは申しますまい。
 ちなみに、ほんとは三浦綾子は三浦光世の奥さんですから、信じないように。
 信じた人には、エイ、キック。


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1999/12/11
文責:keith中村
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