第292回 公文式の人


 一般に「ポール・マッカートニーが好き」だと公言するのは恥ずかしいことだとされている。「カレーが好き」という発言に比べても、より恥ずかしいものだということになっている。
 ポール・マッカートニーは確かに大きな才能である。これほどのメロディ・メーカーはなかなかいない。それだけではなく演奏も巧い。さまざまな楽器を巧みにこなす。実際、ピアノはジョンよりも巧く、ギターはジョージよりも巧く、ドラムはリンゴよりも巧かった。あまつさえポールは性格もよい。愛嬌があって世話好きである。彼は完璧なのである。
 だが、それでもポールを好きだと主張することは、恥ずかしいことだとされている。セックス・ピストルズのベーシスト、グレン・マトロックが「ポールのファンだ」と発言して脱退に追い込まれたことは有名である。このことから判るのは、次のことである。
「ポールにロックの魂はない」
 本当にないのかどうかはさておき、一般にそういうことになっているのである。だから、ポールを好きだというのは、反動的体勢的日和見的意見ということになる。しこうして、グレン・マトロックはパンク・ロッカーにあるまじき危険思想の持ち主として馘首されたのである。
 また、ガンズ・ン・ローゼズは「ユーズ・ユア・イリュージョン」の中でポールの「死ぬのは奴らだ」をカバーして、コアなロック・ファンの反感を買った。
 にもかかわらず、ポールが好きだと公言して憚らない人間がいる。
 代表格は女優の藤田朋子である。藤田はすごい。彼女は「ポール」という単語を聞いただけで泣き出すのである。ポールへの思慕のあまりに感涙に咽んでしまうのである。「ポール」という単語によって彼女は規定されるのである。藤田はロゴスの人なのである。こういう例は滅多にない。他には、「このオンナ男」と怒鳴られると耳をぴくぴく動かして怪力を発する国広くらいのものではないか。けだし、特殊技能である。
 さて、改めて考えてみれば、ポール・マッカートニーというのは結構恥ずかしい名前である。ポールが真赤なのである。もし、彼が日本人だったなら、きっと「赤剥けちんこ野郎」などという情けない仇名をつけられて苛められていたはずである。彼と彼の周囲の人間が日本語を解さない種族であったのは幸いである。もっともポールはその後ひょんなことから日本語を学習することになる。日本公演にやってきた彼は迂闊にも大麻を所有していたのが発覚して投獄されたのであった。彼は同じ檻の仲間のおっちゃんたちからさまざまな日本語を教わったようだ。恐らくどれもこれもろくな日本語ではなかったことだろう。もしかしたら、牢内での仇名はやはり「赤むけちんこ野郎」だったのかもしれない。ともかく、この体験以後、彼は日本人へやたらと「おーっす」と挨拶して愛嬌を振りまくこととなった。開口一番に「おーっす」などと言うのは、今やいかり屋長介とポールくらいのものだろう。
 一九九〇年におこなわれた東京ドーム公演では、メンバー紹介のなかでリンダ・マッカートニーのことを「ウチのカミさん」と紹介していた。これもまた、刑事コロンボとポールくらいしか使わなくなった言葉であろう。どちらも日本人でないところがなかなかのものである。
 ポール・マッカートニーといえば、死亡説が有名である。いわく、ポールは六十七年一月に事故で死亡し、その後はそっくりさんがポールに扮しているというものである。死亡説の裏付けとなった根拠はたくさんあり、ビートルズのちょっとしたファンならいくらでも知っている。「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」のいちばん最後でうんぬん、「グラス・オニオン」の歌詞にうんぬん、「サージェント・ペパーズ」のジャケットにうんぬん、「アビーロード」のジャケットにうんぬん、くだくだしいのでいちいち書かないが、知りたい方は近くのビートル・マニアにでも訊いていただきたい。十以上言える人は、残念ながら立派なポール・ファンである。
 さて、芸能人の死亡説は都市伝説のようなもので、日本でもしばしば流布することがある。過去に死亡説の持ち上がった芸能人を思い付くまま挙げてみる。新井薫子、堀江純、久保田利伸、志村けん。日本の例ではいきなり格ががくんと下がるのはどうしたものか。久保田だけちょっと他よりましな気がするかもしれないが、騙されてはいけない。奴はウィンナー喰いながら踊るような男だ。
 死亡説とよく似たものに、サイボーグ説というのがある。ちっとも年をとらない人間、死にそうでなかなか死なない人間に対して、あいつはきっとサイボーグだという噂が流れるものである。こちらも噂にのぼった人物は枚挙に暇がない。マイケル・ジャクソン、楠田枝里子、森光子、由美かおる、昭和天皇などなど。同じくオスカル説というのもある。これは、幼い癖にやたらと世馴れした芸能人に対して、あいつは「ブリキの太鼓」のオスカルみたいに成長異常になった大人だとする噂である。過去にはエマニエル坊やや安達祐実が噂にのぼった。ただの噂だと思っていたら、エマニエル坊やは本当にあれで中年の会社社長だということがばれて世間を慄然とさせた。
 さて、ビートルズの解散原因に関しては今でもいろいろな噂が飛び交っているが、中でも有力な説はブライアン・エプスタインの死後、ポールが主導権を取ろうとして他の三人から総すかんを喰らったというものである。この故事にちなんで、主導権を握る重要な場所を「ポール・ポジション」と言うようになった。
 そんなポールだが、早いもので彼が逝去してすでに一年が経った。
 ポールよ、安らかに眠れ。って、また間違えてる。ああ、どぶねずみみたいに美しくなりたい。


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1999/12/10
文責:keith中村
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