第291回 十九回目の神経衰弱


 文学者が父と対立するものであるように、哲学者は悪妻に辟易するものである。これはしかし、そういう傾きがあるというよりも、先達に倣った後の文学者後の哲学者がかくあらねばならぬという強迫観念のもとに意識的にそうしたきらいがないこともない。
 もし、ソクラテスが哲学者ではなく夫婦漫才を職業にしていたら、彼の嫁も悪妻の代名詞などにならずにすんでいただろう。それどころか、山内一豊の妻、華岡青州の妻と並び良妻として後世に名を残したかもしれない。
「どうも、ソクちゃんでえす」
「クサちゃんでえす」
「いや、しかし君なあ」
「はいはい」
「今日という今日は言いたいことがある」
「なんやのん」
「その、やなあ。あの。あの。ええと」
「なんや。言いたいことがあったらはよ言い。さあ言い。すぐ言い」
「うるさい。お前、お、お、お、お、おま」
「あんた、ちゃんと喋り」
「いっつも亭主の前でぷうぷう屁えこきやがって」
「いやいやいやいやいやいや。何ちうことを」
「せやかてほんまやがな。それも臭いくさい奴を」
「そんなんしやないやんか」
「なんでや」
「だって。わたしのおならはクサンティッペ」
「喰らった私はソクラテス」
「どうも」
「ありがとうございましたあ」
 さて、悪妻といえば本来は亭主にひどい扱いをする嫁のことである。だが、世の中には夫婦仲がいくら良くても、周囲の人間が勝手に悪妻の烙印を押すような例もある。
 オノ・ヨーコがそうである。
 ジョン・レノンとヨーコは不仲どころか押しも押されぬおしどり夫婦であった。ハネムーン先のホテルに記者をわんさと呼んで、ベッドインの模様を世界中に発表したくらいだ。彼はマイクに向って言った。
「セックスは気持ちいいからどんどんしよう。すると戦争する気なんてなくなるからいいぞ」
 何やら豆知識みたいだ。ジョンが言うから、何やらすごいことに思えるが、よく考えると結構頭悪そうな意見である。
 もちろん、常に円満だったわけではなかったようで、ジョンが浮気をしていた時代もある。ある日、ジョンは「新聞を買ってくる」と家を出て、そのままメイ・ファンという女性のもとへ行ってしまった。二年ほどもそこで過したジョンはそれからふらりとヨーコのもとへ帰ってきた。ジョンはヨーコにぽつりと言ったのだそうだ。
「新聞、売り切れてた」
 そういうことがありつつも、しかし概ね彼らは円満であったわけだ。
 それでも、我々はヨーコ・オノに悪妻という評価を下すのにやぶさかではない。これは何故だろう。ひとつにはヨーコが出しゃばりであるからだという仮説が成り立つ。実際、彼女は常にジョンの隣にいた。いちおうプラスティック・オノ・バンドのメンバーということだったから舞台にもあがった。だが、考えればポールの嫁のリンダにしてもやはりウィングスのメンバーとして舞台に立っていた。しかし、我々はリンダにはヨーコほどの嫌悪感を感じない。ヨーコによって喚起されるのは単に「蔭になるべき妻がしゃしゃり出るとは何ごとか」という封建思想的な感覚ではないのだ。
 では何故か。これはリンダと比較すればわかりやすい。リンダはキーボード担当だった。世界最悪のキーボード奏者などと悪口を叩かれたこともあるが、リンダは下手くそなりに一生懸命やっていた。「へ、下手です。すみません。リズム感ありません。すみません」そういう彼女のひたむきさには思わず惻隠の情を覚えてしまうのであった。一方ヨーコはと言えば舞台上で何をしていたか。楽器を弾いたわけでもない。彼女はこういう具合だったのだ。
「なんか、とりあえずいる」
 それだけなら良い。だが、ヨーコは大抵ぴちぴちのシャツにミニスカートという出で立ちであった。若くて可愛い女子の人がそうしているなら喜ばしいことだが、彼女は当時からすでに年増女平たく言っておばはんであった。ミニスカおばさんである。これは気持ち悪い。しかも、その恰好でジョンの歌にあわせて何やらくねくねと不思議な踊りを踊ったりしていたのだ。あまつさえ、「きょえー」だの「ひゃうひゃうー」だの「およよよよよよよ。およよよよよよ」だの「あっおーん。あっおーん」だの訳の判らない咆哮をあげるのだった。
 ジョン・レノンを知らない若い人に、たとえばマジソン・スクエア・ガーデンのライブ映像を予備知識なしに見せた場合、きっとこう思うだろう。
「ジョンって恰好いいなあ。それにしても、隣で奇声を発して踊っているのは何だろう。日本人に見えるが、なんか危なそうな人だ。そうか、電波系のファンが感極まって舞台に上がってしまったのだな。しかし、それに対して一向に動じないジョンというのは何と偉大な人なのだろう」
 物を知らない編集者だったら、雑誌にジョンのライブ写真を載せるときにうっかりこういうキャプションをつけてしまうかもしれない。
「ジョン・レノン(左)と興奮したファン(右)」
 さて、ジョン・レノンが死んで早いもので今年で十九年目である。だが今でも私はヨーコ・オノ・レノンの奇声を聞くと、神経がぴりぴりと苛立ってしまうのである。だから、私はCDという発明には感謝している。というのもCDのプログラム再生機能を使えば「ダブル・ファンタジー」を一曲飛ばしに聞くことが大変簡単になったからである。あ、あなたもやはりそうやってますか。
 小野洋子、以って瞑すべし。いや、死んでるのはジョンか。


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1999/12/09
文責:keith中村
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