第286回 わからない


「曖昧な日本の私」というのは大江健三郎のノーベル賞受賞スピーチであり、これはもちろん「美しい日本の私」を下敷きにした題名であった。一般に日本人は肯定否定の意思表示が不明瞭であるという言い方がされる。Noと言えない日本というやつである。しかし、私はむしろ現代の世相は「わからない日本の私」とよぶのが相応しいように感じる。
 アンケートというのがある。さまざまな企業や団体や機関が、さまざまな目的に応じてさまざまな調査をするのだ。例えば、何らかの商品を買うと、「お客さまカード」などという葉書が添えられていることが多く、そこにアンケート調査の質問が載っていたりもする。

 質問:あなたはこの製品をどこでお知りになりましたか。

 a.テレビ・ラジオ
 b.新聞・雑誌
 c.インターネット
 d.人から聞いた
 e.その他(  )
 f.わからない

 ここで私がわからないのは「わからない」という選択肢である。「その他」というのは、この場合a.からd.のいずれにも該当しない方法で知ったということで、その場合の情報入手先を書けばよいのだろうけれど、「わからない」というのは何だろう。テレビで観たこともあるし、新聞にも載っていた、さらに人の噂も聞いた。それがほぼ同時期だったため、いちばん初めの情報入手先がどこからだったか混乱してしまった。そういうこともあるだろう。「わからない」というのはそういう場合の選択肢なのだろうか。でも、そういう時には「その他」を選んで括弧内に「忘れた」と書くべきなのだろうか。私はわからなくなってしまうのだった。
 さて、アンケート調査というと総理府広報室が輿論を探る目的でよくおこなっている。ここではさまざまな内容の調査がおこなわれているのだが、これらのアンケート集約結果から判ることは「どのような内容の質問であっても、『わからない』と答える人間は必ず存在する」ということである。
 平成十一年八月に総理府広報室が「水環境に関する世論調査」をおこなったが、この中に次のような質問がある。

 質問:水量が減っている川がありますが、あなたは、何が原因だと思いますか。この中からいくつでもあげてください。

 選択肢には「森林や水田が水をためてゆっくりと水を流す力が弱くなった」「雨水が地下にしみ込まない地域が広がっている」など八つのものがあるのだが、ここにもやはり「わからない」という選択肢が含まれている。
 そして、この質問に「わからない」と答えた人は12パーセントである。十人にひとり以上がわからなかったのである。だが、これは仕方がないことだろう。水量減少の理由などは、河川によっても違うものだろうし、そもそもそんなもの知らなければ答えようがない。出鱈目に選択肢を選ぶよりは素直に「わからない」と答える方がむしろ良心的ですらあるかもしれないのだ。
 では、この場合はどうだろう。平成十一年二月の「エネルギーに関する世論調査」からである。

 質問:あなたは、これまでに「新エネルギー」という言葉を見たり聞いたりしたことがありますか。この中から1つだけあげてください。

 ・見聞きしたことがあり、具体例についても詳しく知っている
 ・見聞きしたことがあり、具体例についてもある程度知っている
 ・見聞きしたことはあるが、具体例についてまでは知らない
 ・見聞きしたことがない
 ・わからない

 ここで「わからない」は3.2パーセントであり、有効回収数2125人のうちの実に68人にあたる。私はここでわからなくなってしまうのだった。「新エネルギーを知っていますか」要はそういう質問なのだから、答えはどうやっても「はい」か「いいえ」に二分できる筈だ。選択肢は、知っている場合を二つ知らない場合を二つと、やや細かく分けて用意されているのだが、回答は必ずそこに収まるはずだ。いったいこの質問のどこが回答者を「わからな」くさせたのだろう。
 もっとわからない例だってある。今度は平成九年十月の「体力・スポーツに関する世論調査」からである。

 質問:「今の子どもは運動不足になっている」という意見がありますが、あなたはそう思いますか、そうは思いませんか。

 ・そう思う
 ・そうは思わない
 ・わからない

 わからない人は9.2パーセント。有効回答数2212人のうちの203、4人である。しかし、私が問題にしたいのは彼らではないのだ。彼らは正直だ。ほんとうに判らなかったのだろう。潔い態度である。問題は「そう思う」人である。
「そう思う」人は74.2パーセントなのだが、彼らに対して、追加の質問がなされている。

 質問:それはなぜだと思いますか。この中からいくつでもあげてください。

 ・勉強・塾などに忙しくて時間がない
 ・遊んだり運動したりする場所がない
 ・遊んだり運動したりする仲間(友達)が少ない
 ・遊んだり運動したりする方法を知らない
 ・テレビを見たり、ゲームをする時間などが多く、外で遊ばなくなった
 ・歩く機会が少ない(交通手段が便利になった)
 ・社会や親が遊びや運動の大切さを教えていない
 ・車が多く外は危険だ
 ・子どもが事件などにあうのを心配して外に出さない
 ・その他(        )
 ・わからない

 ここで「わからない」が0.5パーセント、人数換算で8人いる。問題はこいつらだ。
 彼らは最初の質問に「わからない」と言わずに、「そう思う」と断言したはずだ。だのにこの期に及んでわからないとは一体どういう了見だろう。
 こういうことか。
 総理府の人が、道行くサラリーマン田中(仮名)に話しかける。
「すみません。ちょっとアンケートにご協力ください」
 サラリーマン田中(仮名)が立ちどまる。
「はいはい」
「あなたは今の子供が運動不足になっていると思いますか」
「うん。確かにそう思うぞっ」
 サラリーマン田中(仮名)は自信ありげに深々と頷いて、そう答えるのだ。
 総理府の人が更に訊く。
「ではそれは何故でしょう」
「それは」
 田中(仮名)は口ごもる。
「はい」
「……わからない」
 サラリーマン田中(仮名)は、とうとううなだれてしまうのだった。
 そういうことなのだろうか。
 どうしたんだ、田中。どこから判らなくなってしまったというのだ。先生ともっぺんおさらいしてみようじゃないか。いいか、田中。お前はやればできる子なんだ。
 だが、事態はもっと複雑にして怪奇である。
 平成十年十月の「臓器移植に関する世論調査」をひもといてみよう。
 この調査では、「臓器提供意思表示カード」を提示しての質問がある。

 質問:あなたは、このカードをご自分で持っていますか、持っていませんか。この中ではどうでしょうか。

 ・持っており、常時携帯している
 ・持っているが、常時携帯はしていない
 ・持っていない

 持っていない人間が97.4パーセントとほとんどを占めているのだが、持っている人も僅かにいる。持っている人に対しては、さらに質問がなされている。

 質問:あなたは、このカードをどこで、あるいはどのような方法で入手されましたか。この中から1つだけお答えください。

 そして、役所、郵便局、病院、薬局などの選択肢が並んでいるのだが、ここにもやはりいるのだ。
「わからない」
 そういう奴がいるのだった。人数換算で二人である。どういうことだ。「臓器移植提供意志カード」などという積極的な行動をとらないと入手できないものを持っていながら、どうやって入手したかを自分でわかっていないのだ。
 どうなっているのだろう。私にはそれがわからない。
 ある日、財布の中に忽然とカードが出現したというのか。取引先から貰った名刺を整理していたら、うちの一枚がいつの間にかカードに化けていたとでもいうのか。ビックリマンチョコを買ったら付いてきたとでもいうのか。あまりに主体性に欠けた回答である。あまりに注意力散漫の迂闊な回答である。
 このように、わからない人が多い原因はいったい何だろう。
 それを突き止める手掛かりは、実は平成九年十月の「体力・スポーツに関する世論調査」にあった。サラリーマン田中を困惑させた例の調査である。
 ここに、こういう質問がある。

 質問:あなたは,運動やスポーツのクラブや同好会に入っていますか。

 回答率は「加入していない」が83パーセント、「加入している」が17パーセントであった。それぞれに対して追加の質問がなされる。
 加入していない人に対しては、こうだ。

 質問:自分の好きな運動やスポーツのクラブ,同好会があれば,あなたは加入したいと思いますか,加入したいとは思いませんか。

 これに対して、次のような回答があった。

・加入したいと思う(31.5パーセント)
・加入したいとは思わない(63.9パーセント)
・わからない(4.6パーセント)

 やはり4.6パーセントも優柔不断な奴がいるが、こんな奴らは抛っておこうではないか。加入したいと思う人間に対して更に質問がなされた。

 質問:それは,どのようなクラブや同好会ですか。この中からいくつでもあげてください。

 この質問への回答は次の結果となっている。

・職場のクラブや同好会(18.0パーセント)
・学校のクラブや同好会(4.7パーセント)
・おおむね同じ県内の人が加入しているクラブや同好会(11.2パーセント)
・おおむね同じ市町村内の人が加入しているクラブや同好会(54.9パーセント)
・民間スポーツ施設などが開設している会員制のクラブ(28.5パーセント)
・その他(1.7パーセント)
・わからない(2.1パーセント)

「わからない」、2.1パーセント。
 田中。またお前か。どうした。加入したかったんだろ。どこから判らなくなったか、先生に言ってみろ、え。
 田中がうじうじして答えてくれないので、続きを見てみよう。今度は、すでにクラブや同好会に「加入している」と答えた人への追加の質問である。

 質問:それは,どのようなクラブや同好会ですか。この中からいくつでもあげてください。

 先程の、加入していない人への質問と同じものである。選択肢も同じものが並ぶ。
 すでに加入している人びとの回答率は次のようになっている。これから加入したい人の回答とじっくり比べていただきたい。

・職場のクラブや同好会(25.0パーセント)
・学校のクラブや同好会(5.6パーセント)
・おおむね同じ県内の人が加入しているクラブや同好会(9.6パーセント)
・おおむね同じ市町村内の人が加入しているクラブや同好会(50.0パーセント)
・民間スポーツ施設などが開設している会員制のクラブ(20.5パーセント)
・その他(2.7パーセント)
・わからない(0.0パーセント)

 ほとんどの選択肢の回答率は、これから加入したいと考えている人の場合と同じようなものである。しかし、ここで注目すべきことは「わからない」と答えた人がいないという事実である。そして、まさしくこれが「わからない」人を解明する手掛かりなのである。
 さらに、これらの人を対象に追加の質問がなされた。それを見よう。

 質問:そのクラブや同好会に加入した動機は何でしょうか。この中からいくつでもあげてください。

 選択肢には「健康・体力つくりのため」「好きだから」「親睦のため」などが並び、もちろん田中みたいな奴のための「わからない」という受け皿も準備されている。
 だが、結果はこうだ。

・わからない(0.0パーセント)

 素晴らしい。全員が明確な動機のもとに加入しているのである。
 これらの結果から、次の仮説が導きだせる。
「スポーツマンにはわからなくなってしまう人はいない」
 わからない人のわからない原因は、実は運動をやっていないことにあったのだ。スポーツをすれば良かったのだ。スポーツをすれば、わからないことはなくなるのだ。悩みごとはどこかへ消えてしまうのだった。村野武範は、森田健作は、そして中村雅俊は、間違っていなかったのだ。
 さあ、あの夕陽までみんなで先生と一緒に走ろうじゃないか。涙は心の汗だ。よし、いいぞ。着いて来い。わっはっはっ。
 あ、そうそう、田中。お前は罰として運動場十周ね。


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1999/11/29
文責:keith中村
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