第284回 食について


 食べ物に関してはあまりうるさく言わない方だ。これと言って好き嫌いもしない。
 もちろん私だって食べられないものはある。
 よくテレビに鉄を喰う人や、電球のガラスをばりばりやる人が出てくるが(よく、ではないかもしれない)、あんな真似は到底できない。有機物以外はとても口にできないし、食べたところでろくな栄養源にはならないだろう。
 では、有機物なら何でも大丈夫かといえば、そういうわけでもなく私だって、猫の仔、幼児の腕、壱岐本新古今集などはこれまでに食べたことがなく、犬の仔、幼児の脳、新潮文庫版「小僧の神様」などは今後も食べるつもりはない。
 まあ、その程度には好き嫌いがあり、食わず嫌いではある。
 飽食の時代と言われてもう随分になるが、いわゆるグルメ・ブームは既にブームとは言えないまでに定着してしまった。
 テレビ番組でも、矢鱈と芸能人がいろんなものを食べ歩いて紹介する場面が眼につく。疑問に思うのは、これだけグルメグルメと言いながら、肝心の味覚を表す語彙が一向に増えないことである。味を伝える形容詞は、甘い辛い苦い酸いしょっぱい、価値判断の言葉としては、うまいまずい、くらいしかないのだ。テレビで紹介するのは、いわゆる「いい店」であるから、間違っても不味いなどとは言えない。とすれば、残るは美味いという言葉しかないものだから、いきおい芸能人はうまいうまい、おいしいおいしい、を連発することになる。「んんっ」とか「あー」とかいった感動詞を発することもある。
 これではよがり声と何ら変わりがない。女子の芸能人の人が、口を半開きにして食物を咀嚼しながら、「ああ。おいしい。んー」などと半ば恍惚の表情を浮かべたりしてるのは、ほとんどセックスと同じである。公共の電波を使って何というものを放送するのだろう。神様、感謝します。
 あるいは、原始人の人と同じである。恐らく原始人の人であっても、ひどく美味しいものを口にしたときには、「うまうま」とか、「わおーわおー」とか、「うっほうっほ」くらいは叫んだことだろう。原始人の人と芸能人の人とは、火を怖れるか怖れないかが違う点である。
 テレビの人や芸能の人も、これではいかんと考えた時期があったのだろう、いっときはさまざまな言葉でもって如何に美味であるかを伝えようと試行錯誤していると見受けられることもあった。「まったりとして、それでいてしつこくなく」云々という奴である。しかし、こういった形容もあまりに濫用され紋切り型になってしまい、そのうちにはパロディにしか思えなくなったのか最近では減ったようだ。代わりに近頃よく聞くのが「食感が良い」という言葉である。「口当たりが良い」という言い回しがあるのに、漢語の方が上等に聞こえるせいか、この耳慣れない言葉が多用されるようになった。どうせなら、どしどし新しい言葉を作って、「いやあ、このラーメン、ほんとうにブチクサがいいですねえ」「しっかりしたヒョロミのお刺し身です」「ヘゲヘゲしたお味のお茄子がいい塩梅ですねえ」などとやったほうが、どうせおいしいということを言わんとしているのは明白なのだから、想像力をかきたてられるので見ていても楽しめるだろう。
 食事と性行為はどちらも人間の基本欲求だというので、しばしば比較される。確かに、どちらの行為も家庭でも店でも可能である。中には性行為は種族維持活動で、食事は個体維持活動なので、より独善的な食事のほうがむしろ恥ずべき行為だと主張する人もいる。これはドーキンス博士の仮説以来ちょっと説得力を失ったのかもしれないが、私じしんはどちらも現場をまじまじと人に見られるとやはり恥ずかしいだろうと感じる。しかし、いずれにしてもちょんまげのかつらを被っている現場を人に見られるのよりは幾分ましである。では、ちょんまげのかつらを被って性行為をしているのを見られるのと、ちょんまげのかつらを被って食事をしているのを見られるのはどちらが厭かというと、いうまでもなくどちらも厭だ。そんな質問する奴はぶっとばしてやる。
 興味深いのは、性行為を覗かれるといよいよ興奮する性質の人はいるらしいのだが、食事を覗かれてますます盛り上がる人というのはいない。
 また、他人の性行為を窃視して興奮する人はいるが、他人の食事を窃視して興奮する人はどうしたわけかいない。
「ああっ。スパゲティ喰ってるよ。すげえよ。ちゅるちゅるしてやがるよ。ああ、俺もあんな風にちゅるちゅるしたい」
「えっ。ちょっと待って。それ、生ハムだろ。わっわっ。そんな。メロンに乗っけちゃうの。ええっ。いいの。そんなすごいのアリなわけ」
「ひゃあ。いひひひ。ものすごいことしてやがる。鶏肉と玉子一緒に喰ってやがるぜ。わちゃあ、親子丼だよ」
 確かに親子丼には違いない。


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1999/11/24
文責:keith中村
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