第281回 豆知識サヴァイヴァー


 一年以上も前のことだが、社会から豆知識が失われてゆく悲哀について文章をしたためたことがある。あれは、豆知識の有用性と喪失されつつあるそれへの挽歌としてかなり人びとの心を打つ文章であったと自負している。
 だが、お詫びしなければならない。恥ずかしいことに私は間違っていたのだ。豆知識は失われたわけでもなんでもなく、以前にもまして確固たる社会的地位を獲得していたのだ。堂々と市民権を得ていたのであった。
 先日漫然とテレビを観ていたときのことである。あまりにも思いがけなくその番組は始まった。出演者は何人かいたが、私が確認できたのは伊東四郎くらいである。
 番組が始まるなり、いきなりこういうナレーション。
「洗濯しても色落ちしない裏技をご紹介」
 そして、「色落ちする可能性のあるものは洗濯ネットに入れて洗えば、色落ちしにくい」という旨の説明がなされたのである。
 この番組は何だ、と呆気にとられていると、今度は若い女子のタレントな人が電話帳を持って現われた。電話帳をどうするのだろう、まさか頭に乗せてバランスを取りながら踊るのではないだろうな、と思っていると、その若い女子のタレントな人は、「立ちにくい電話帳を立てる裏技を教えます」などと言うのであった。それから女子のタレントな人はおもむろに輪ゴムを二つとり出すと、電話帳の天地それぞれ五センチばかりのところにそれをかけ、「ほら」などと言いつつ電話帳を机上におったてた。
「こうやって、電話の横に立てておけば、場所もとらず、しかもすぐに開くことができます」
 そんな二箇所も輪ゴムをかければ、なかなか開けないじゃないかという疑問を浮べつつ、私はこの番組の意味を模索しはじめた。
 裏技などと表現しているが、これこそいわゆるところの豆知識ではないのか。そうだ。これは紛れもない豆知識である。そうか。豆知識は決して命脈を断たれたわけではなく、裏技と名前を変えつつ、こうして命を永らえていたのであった。国民党政府が台湾へ逃れて生き延びたように。九判官義経が大陸へ渡って成吉思汗料理を発明したように。しかも、この番組は午後七時から六十分の放送枠である。この後のいわゆるゴールデンタイムにつなげるための前哨戦となる重要な時間帯である。豆知識はこのような華々しいところに登場するまでになっていたのである。お父さん、お母さん、サチコは立派に成長しましたよ。
 番組では、たくさんの豆知識が披露されるのであった。
「普通のバターを電子レンジで溶かして、沈殿物を除去すれば、無塩バターになる」
「残り少なくなったマヨネーズは、ストッキングに入れて振り回せば遠心力で口にあつまるので、最後まで使える」
「剥がしそこねたシールは、端を少し剥がしてからティッシュペーパーを押しつけると嘘のように綺麗に剥がれる」
 だが、と私は思った。たしかにこれは豆知識であろう。だが。むしろこういうのは「生活の智慧」なり「お婆ちゃんの智慧袋」なりと形容されてしかるべき内容ではないのか。豆知識の中ではかなり不純な種類のものである。というのも、これらの豆知識は実用性を帯びてしまっているのだ。純粋な豆知識と言うのは、もっと混じりけのないものであるはずだ。
 この番組で披露される豆知識は、世帯じみていて、なんというか、その、ちまちましていて貧乏臭いのだ。
 それにしても、どうしてこのような番組がこのような時間帯に放送されているのだろうか。私は、この番組で紹介される豆知識がすべて視聴者からの報告であることに着目して考えはじめた。
 そうか。人は、自分の知識を他者に伝えたい衝動をもっているのだ。自分しか知らないことを人に教えて優越感に浸りたい欲求をもっているのだ。
 とは言え、「スピノザによればとどのつまり万物は思惟と延長の二属性の諸様態に過ぎないんだよね」とか「物類稱呼によれば蜆は畿内ではぜぜかいと呼んでたんだよね」とか如何にも衒学的な鼻持ちならない知識は、人びとの反撥を買うだけである。かと言って、「電話帳を頭に乗せてバランスを取るのって結構難しいんだよね」とか「鼻毛を抜くとくしゃみが出るよね」とかならば、馬鹿だと思われてしまう。そこで、こういう生活の智慧寄りの豆知識の出番となるのだ。これならば、他者に厭味な印象を与えずに優越感に浸ることができるし、聞いた方もなんだか得をした気分になれる。一石二鳥さんまの尻尾ゴリラである。
 しかし、この番組も捨てたものではなかった。ちゃんと純粋豆知識をも紹介してくれたのである。
「箱にドライアイスを入れて溶かし、二酸化炭素を充填させておく。その上にシャボン玉を作ると比重の関係で宙に浮いたままにしておける」
 どうだ。ちっとも得した気分になれないぞ。そこにあるのは、もっと純粋でアカデミックな感動である。
 こういうのも紹介された。
「エスカレータに乗るとき、急ぐ人のために、関東では右をあけ、関西では左をあける」
 これには、世界標準は左側通行で、関西では万博のときにこれに倣って統一された、との解説が附加された。素晴らしくも無駄な知識だ。私は嬉しくなってしまった。ちっともちまちましていない。貧乏臭くない。けだし、豆知識の貴族階級である。英語で言うとロイヤル・ビーンだ。フランス語なら、ビーン・ド・ロワイヤル。きっと違うけど。
 惜しむらくは、私がそれに加えて知っている以下の事実に関する言及が番組ではなされなかったことである。
「そして、名古屋のエスカレータではそのような慮りもなく、皆が左右てんでばらばらに乗る」
 恐るべし、しゃちほこ民族。


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1999/11/19
文責:keith中村
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