第275回 胡蝶之夢


 かつて「ド根性ガエル」という漫画があった。中学生ほどの年齢のヒロシという主人公の少年と一匹の蛙との美しき友情と絆を描いた愛と感動の作品である。蛙は名をピョン吉といい、ヒロシ少年が所有しそして普段着として愛用しているシャツの中に棲んでいた。なぜそんなところにいるのか、ご存知でない方の方が少ないかとは思うが、念のためここで説明しておく。実はこの蛙そもはそのような不自由な場所を住処としていたわけではない。もともとは公園空き地草叢湿地等己の意識のままに己の欲するところにて棲息しておったのである。だが、ある日蛙の命運をわける事件が勃発した。その日もげこげこと機嫌よく暮らしていた蛙のうえに、転倒したヒロシ少年が覆い被さってきたのであった。蛙にとっては近頃でいうところの「恐怖の大王が降ってくる」にも似た恐ろしい体験であったろう。本来ならば蛙はそのまま少年ヒロシの下敷きとなって、「きゅう」とか「げろ」とかいう断末魔を残して圧死していた筈である。だが、どうした神の悪戯か蛙は死せずしてそのまま少年ヒロシの着用しておった純白のシャツの前面にぴったんこと貼りついた。蛙はヒロシ少年より「ピョン吉」なる名前を与えられ、以後そこを終の栖として世にも珍しい「平面ガエル」として生きる運命と相成ったのであった。
 さて、読者諸氏はこの「ド根性ガエル」の逸話を漫画の世界の荒唐無稽な虚構と考えておられよう。シャツに押し付けられて、そのままそこに貼りつき、しかも圧死することなく生命をながらえることなど不可能なことよ笑止千万などと呵呵大笑なさるかもしれぬ。実は私も長らく読者諸氏と同様の意見であった。そのような珍奇な事件が現実に出来するわけがないと、こう思っておったのであった。だが、驚くべきことにこの奇蹟は現実のものなのである。私がこの目でしかと見たので間違いはない。
 先日の日曜日のことである。私がぶらぶらと街を歩いていると、正面から長髪の若者が歩いてきた。彼は黒い色眼鏡を掛け、背中には同じく黒いケースに入れたギターを背負っている。私は彼を見た。そしてそのまま私の目は彼の着用していた衣服に釘付けになってしまったのであった。というのも彼はTシャツを着用しておったのであるが、そのシャツの前面にはフランク・ザッパが貼りついていたのである。
 ああ。哀れなザッパ。何があったのかは想像するにかたくない。こういうことだ。
 その日もザッパはげこげこと機嫌よく暮らしていた。と、そこへ件の若者(仮にヒロシ二号と呼ぶことにする)が路傍の石に躓きでもしたのか覆い被さってきたのであった。ザッパにとっては恐ろしい体験であったろう。本来ならばザッパはヒロシ二号の下敷きとなって、「きゅう」とか「げろ」とかいう断末魔を残して圧死が雁之助だった筈なのである。だが、どうした神の気まぐれかザッパはそのままシャツにぴったんこと貼りついてしまったのであった。
 以上が世にも数奇な「平面ザッパ」の物語である。
 私は、呆然としてしばしその若者を見つめたあと、われに帰り街中を見渡した。
 と、そこには。
 いるわいるわ。シャツの前面にさまざまなものを貼り付けて歩く人々がそこここに存在するではないか。
 あそこのヒロシ三号は、マイケル・ジャクソンを貼り付けている。げこげこと機嫌よく暮らしていたマイケルの上へ転倒してしまったのであろう。本来ならば「あう」とか「ほう」という断末魔で芦屋雁之助がうんたらかんたらなのだが、マイケルはそのままシャツに貼りついてしまった。哀れな平面マイケルよ。
 こっちのヒロシ四号はどうやらマドンナの上へ転倒してしまったようだ。平面マドンナの顔がやたら「ぶにゅう」と膨らんで見えるのは、貼りついたときによほど打ち処が悪かったせいなのか、それともヒロシ四号の極度の肥満によってシャツがぴちぴちになっているせいなのか、よくわからない。
 あっちのヒロシ子一号などは、巨大な唇の上に転倒したのだろう。唇はかなり苦しかったと見えて、びょおんと舌をはみ出したまま貼りついてしまっている。
 中には背中から仰向けに倒れた奴もいるぞ。そこのヒロシ五号は、背中にセーラームーンを貼り付けている。平面セーラームーンだ。いや、セーラームーンはそもそも二次元だった。こいつはヒロシ四号以上に肥っているから、セーラームーンの顔も膨張しまくっているぞ、背中なのに。しかも同じくセーラームーンの紙バッグを持って何やらにやにや御満悦だ。もしかしたら、こいつはセーラームーンを騙してわざとシャツに貼り付けたのかもしれない。そんなヒロシに騙されてというわけだ。気味が悪いからあまり関わらないようにしよう。
 そして。
 ああっ。何ということだ。やっちまいやがった。あそこのヒロシ六号め、よりによって地球の上に倒れやがったのだな。WE LOVE EARTH などという文字とともに平面地球を貼り付けてやがる。何ということだ。大切なこの地球を。地球はひとつなのだぞ。割ったら二つだ、おおガッチャマン。
 ひとつ、だと。はて。
 ここで私の脳裡に疑問がよぎった。
 彼のシャツの中に地球があるとして、では今私が佇立しているこの大地はいったい何だ。これもやはり地球なのだろう。違うのか。それともここにこうして立っている私は幻で、ほんとうは私も彼のシャツの中の存在に過ぎないのだろうか。ことによると、今こうして考えている私はヒロシ六号の見ている夢なのかもしれない。
 考えてみたものの、よく判らなかった。 


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1999/11/09
文責:keith中村
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