第274回 良い知らせと悪い知らせ


 ブラックユーモアというのは禁忌に触れることで痙攣的に誘発される笑いを主題としたものであるが、古典落語にもブラックユーモアを扱ったものは多い。三遊亭圓朝は「真景累ヶ淵」「怪談牡丹灯籠」をはじめ怪談噺を数多く創作しているが、彼の「死神」は笑いと恐怖の均衡が絶妙で言わずもがなであるが傑作である。死体が出てくる噺といえば「らくだ」という例の死体にかんかんのうを踊らせるやつがある。下げは、死体と間違われて焼き場に連れてこられた酔っぱらいと、その酔っぱらいを樽に入れて運んできた男たちの会話である。これは上方で演じられる場合は次のようなものになる。
 酔っぱらいが「ここはどこだ」と訊くと、「千日の火屋だ」、で酔っぱらいが「冷やでもいいからもう一杯」と言って下げ。これは現代の大阪人にとっては怖い落ちである。というのもこの噺は、千日前がかつて焼き場であったことを再確認させてくれるものだからだ。
 大阪に千日前という土地があり、かつてここに千日デパートビルというモールがあった。これが一九七二年に火災になり、これは百十八人が焼死するという大災害であった。当時を知る人には鮮明な事件であろうし、その頃まだ幼かった私にも後に小学校の時分だったか、消防署の教育映画か何かで観せられたこの千日デパート火災の凄惨な記録は、たいへん恐ろしいものとして心に残っている。千日デパート火災の後、巷間囁かれた噂がある。すなわち百貨店があった場所は維新以前は墓地や焼き場刑場が集まった土地であり、火災はその祟りだというのである。たしかにこの地には千日寺(「月の法善寺横町」の法善寺)がある。千日デパートの跡地はそのままかなり長く放置されたあと、現在では「ぷらんたん・なんば」が建っているが、この建物には今でも千日デパート火災による死者の幽霊が出るという噂が絶えない。知人に自称霊能力者という人間がいるのだが、彼は決してこの「ぷらんたん・なんば」には入ろうとしない。彼によると、この建物の上空には今でも何十もの死者の生首が連なって車輪のようにぐるぐる廻っているのが見えるのだそうだ。まあ、いささか胡散臭い奴なので私はそんなこと信じちゃいないが、それにしてもそういったさまざまな予備知識を持ったうえで、あの建物に入ると何となく不気味であるし、「らくだ」の落ちは「ひゃあ。やっぱりそういう場所なんだよなあ」と感じてしまうので結構恐いのであった。
 さて、笑いというのが、緊張の緩和作用であるとするなら、普段は笑えぬ死などの禁忌までを笑ってしまおうというブラックユーモアはそれの最たるものであろうが、話はちと変わって、西洋へ眼を向ければ小話のジャンルに「良い知らせと悪い知らせ」というのがある。
 いくつか例を考えてみた。

 入院した男のもとへ医者がやってくる。
「あなたに良い知らせと悪い知らせがあります」
「悪い方から聞かせてください」
「実はあなたの両腕は壊疽をおこしていて、残念ながら切断するしかありません」
「おお、神様……。で、良い知らせというのは」
「はい。うちの婦長が手芸に凝っておりまして、あなたに手編みの手袋をプレゼントしたいそうです」
 看守と囚人。
「おい。お前に良い知らせと悪い知らせがある」
「悪い方から聞かせてください」
「お前の死刑執行が明日に決定した」
「良い知らせというのは何ですか」
「お前は記念すべき当刑務所千人目の死刑囚だ。喜べ」
「ええっ」
 恩赦でもあるのかと喜ぶ死刑囚。と、看守が、
「明日は執行前に花束の贈呈があるからな」
 一軒の家に警官が訪ねてくる。
「奥さん。あなたに良い知らせと悪い知らせがあります」
「悪い方から聞かせてください」
「あなたのお子さんが学校で銃を乱射して二十人を殺害しました」
「ああっ、なんてこと。良い知らせを聞かせてください」
「はい。逃亡しようとした犯人は無事射殺されました」

 良い知らせから聞く場合もある。

 太平洋上で遭難した飛行機。燃料切れでまさに墜落せんというところ。スチュワーデスが通路の前に立ち、乗客に話しかける。
「お客さま。お客さまがたに良い知らせと悪い知らせがございます」
 客の一人が聞く。
「良い知らせとは何だ」
「はい。ようやく島影が発見できました。これからそこに不時着いたします」
 わっと客席から歓声があがる。と、ひとりの客が、
「ところで、悪い知らせというのは」
「はい。地図で確認しましたところ、あれは食人族の島のようです」
 妻の出産に駈けつけた男を医者が招き寄せる。
「あなたに良い知らせと悪い知らせがあります」
「良い知らせから聞かせてください」
「奥さんは無事出産なさいました。元気な男の子ですよ」
「悪い知らせというのは」
「どうしたことか赤ちゃんには腕が四本も生えてました」

 悪い知らせとさらに悪い知らせというのもある。

 妻が慌てて夫のところにやってくる。
「あなた。悪い知らせとさらに悪い知らせがあるの」
「悪い知らせって何だい」
「ごめんなさい。あなたが大切にしていた観葉植物の鉢をうっかりベランダから落としちゃったの」
「さらに悪い知らせの方は」
「ちょうどその真下で坊やが遊んでいたのよ」

 では最後にもうひとつ。

 SEが仕事中のプログラマのところへやってきて。
「おい。お前に良い知らせと悪い知らせがある」
「良い知らせから教えてください」
「そのプログラムのバグ取り、もうしなくってもいいぞ」
「ええっ。で、悪い知らせの方は」
「先方が大幅な仕様変更を要求してきた。大至急、こっちの仕様で作ってくれ」

 こういう酷い目に遭っている下請けも多いのではないかな。お気の毒さまです。


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1999/11/07
文責:keith中村
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