第273回 字幕


 ブラジルで蝶が羽ばたくとテキサスでハリケーンが起きる。
 カオス理論でよく登場する、いわゆる「バタフライ効果」というやつである。
 もともとは数学ではなく、気象学者のエドワード・ローレンツが三十年以上も前に提唱した気象学に関する仮説であったらしいのだが、これはレヴィ・ストロースの構造主義が民族学にとどまらずに応用されたのと同じことで、すぐれた学説は高い可搬性を持っているということだろう。カオスというのはそりゃもう混沌としており、文系の私では、比較的易しいとされるロジスティック曲線のうんたらかんたらあたりで既に昏迷を極めてしまうのであるが、「バタフライ効果」は要するに初期値敏感性というものについての仮説であり、これについてはそんな七面倒くさいことを言わずとも我々日本人は大昔から「風が吹いたら桶屋が儲かる」とか「小言幸兵衛(搗屋幸兵衛)」とかいう格好の例を持っている。
 さて、先日バタフライ効果の新たな例をひとつ発見した。こうだ。
「駄目人間が転職するとスピードが解散する」
 スピードというのは、ご存知でない方のために書いておくと四人組のアイドルである。などと言いながら、ご存知でないのは実は私だ。どんな顔をしているのかすらよく知らない。いや、ひとりだけ判る。上原なんとかいうスピードの人はテレビの宣伝で「好き好きカレー」などとスプーンを振り回して踊っていたから、見どころのある奴だと思っていたのだ。
 さて、ではなぜ駄目人間が転職するとそのスピードが解散するかということを説明する。
 私の周囲には私を含めて駄目人間が多いのだが、中にひとり仕事が長続きしない人間がいたとしよう。いたとしよう、ではなく本当にいるのだが。で、彼は突然ADつまりテレビ番組製作会社のアシスタント・ディレクターへと転職する。担当するのはジャニーズ・ジュニアという人々の番組である。ADは間もなくジャニーズ・ジュニアの人々のお守り兼使いっぱしりになる。せがまれるまま、未成年の彼らにこっそり煙草を与える。やがて、喫煙の事実は所属事務所の知るところとなり、数名のジャニーズ・ジュニアの人が解雇される。うちの一人は自暴自棄になりスピードの人一名をたらしこんで同棲を始める。それがスピードの所属事務所社長の逆鱗に触れ、別れるよう忠告される。しかし当該スピードの人は聞く耳持たない。で、とうとう解散させられる。
 と、そういった仕組みであるが、まあ仮説なのでそのつもりで。
 ところで、最近ちらほらテレビを観るようになったのだが、以前にはあまり見掛けなかった演出をよく目にする。字幕スーパーである。
 バラエティというのか芸能人が何人か出てきて他愛のないことを喋る番組では発言の内容がほとんどすべてと言ってよいくらい字幕としてスーパーインポーズされる。外国語の翻訳などの目的ではなく、喋っている内容ををそのまま字幕にするというのは、かつてはドラマなんかのNGテイクの特集番組で出演者の言い間違いを際立たせるために使われる程度だったと思うのだが、近ごろではこの手の字幕を無闇と目にする。これにはさまざまな理由があるのだろう。たとえば技術的には、コンピュータを利用してワードプロセッサのようにタイプするだけで簡単に字幕の重ねあわせができるようになったとかいうこともあるのかもしれない。そういえば映画の字幕も昔のように手書き文字ではなくフォントが使用されていることが多いようだ。それから、聴覚に障碍を持つ人にも視覚的に判るように、という効果もあろうけれど、これは恐らく副次的なあるいは結果的な効用であろう。また、発声がきちんとできない素人まがいの芸能人の不明瞭な言葉を正確に伝える効能もあるけれど、これも結果的なものだ。いちばんの理由は、喜劇における笑い声と同じく、面白みを強調させるためだろうと考える。ここが笑う所ですよ、と親切にも教えてくれる働きである。中には出演者が喋っているといかにも注目せよとばかりに突然「爆弾発言まであと5秒」などと秒読みがはじまることもある。こういう過剰なサービスに関しては、傍ら痛い小細工だとか視聴者をそこまで馬鹿だと考えているのかと反撥する人もいるだろうけれど、対価を支払っているわけでもなし腹を立てるくらいならそもそも観なければよいだけのことだ。もっとも私だって気をもたせる「爆弾発言うんぬん」の秒読みが終わったあと、「私ってえ、結構お酒強いんですよ」などと爆弾でもなんでもない下らぬ発言を聞けば、肩透かしを喰らって「ぬがあ」などと怒りたくなることもある。爆弾発言というからには「私ってえ、結構ヘロイン好きなんですよ」とか「私ってえ、結構フェラチオうまいんですよ」とか「私ってえ、結構ダイオキシン撒き散らしているんです」くらい衝撃のあることを言ってもらいたい。
 近ごろ頻繁に見掛けるものには他にも画面いっぱいに「と、その時」という字幕が「がごごごごご」などという効果音とともに現れて、コマーシャルに切り替わるやつである。「Stay Tuned」「チャンネルはそのままで」というのの婉曲表現であろうが、それにしてもこれらの演出、一局がやりはじめると途端にどこの局でも一斉に真似はじめるというのは如何なものか。それとも百匹目の猿とでも言うのか。
 先日テレビを観ていると、出演者が「執拗に」と言っているにもかかわらず「必要に」という字幕が出た。かなり頭の悪い間違いである。字幕担当者におかれては気をつけてほしい。さらに言うなら、大野晋さんの本が驚異的に売れていることからも判るように正しい日本語に対する潜在的な需要は大きくなっているわけで、ここはひとつ字幕にももっともっとしっかりやってもらって、正しい日本語づくりに加担していただきたい。
 譬えばこういう具合だ。

 発言「納豆が苦手で食べれないんですよ」
 字幕「納豆が苦手で食べられないんですよ」

 発言「どこに目線やってるんだよ」
 字幕「どこに視線やってるんだよ」

 発言「キアヌ・リーブスがー、チョー恰好いーって感じでー、チェキーみたいな」
 字幕「キアヌ・リーブスはとても恰好いいので注目しています」

 発言「おんどれ、どこに目ェつけて歩いとんじゃ。いてこますぞ、われ」
 字幕「あなたはどこに目を付着させて歩行しているのですか。殴ったり蹴ったりしますよ」

 発言「糞喰らえ」
 字幕「大便を摂取しなさい」

 発言「その懸案については可及的速やかに前向きに検討する所存です」
 字幕「その懸案については考えるつもりはありません」

 結局、つまらない諷刺漫画のような落ちになってしまった。無念。
 と、その時。


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1999/11/04
文責:keith中村
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