第27回 蒐集


 なにごとにせよ独占したいという欲求が強い。いきおい、いろんなものを蒐集してしまう。子供のころは誰しもいろんなものを集めたものである。子供の蒐集物はいくつかに大別できる。
 まずは王党派というべきカード・シール系である。何々系という流行語は嫌いなのであるが敢えて使用いたす。仮面ライダーやウルトラマン、野球選手のカード。ガムのおまけのなんというのか知らんが爪でこすると転写できるシール。そういえば昔はどこに家でも箪笥や冷蔵庫や学習机に半ば剥がれかけたオバQやらピョン吉やらのシールが貼付されていたものである。最近ではビックリマンとやらが流行っているのだろうか。それとも、それももう廃れたか。よくわからぬ。
 長老派というべきは古銭切手系。最近ではすっかり下火であるらしく確か私が子供のころには一万二千円だの八千円だのの高値がついていた「月に雁」や「見返り美人」も下落しているようだ。
 蓋系というべきものもある。王冠であるとか酒の栓であるとか、牛乳壜の蓋であるとか。ビー玉というのもラムネの栓であるから、この範疇に属すると見ても良い。もっとも正確にはラムネの栓はビー玉ではない。ビー玉という名前の由来をご存知だろうか。ガラスでできているからビードロ玉、略してビー玉というのが定説であり、広辞苑もこの説を採っているが実は違う。もともとビー玉は玩具ではなかった。それらは専らラムネの栓であったのだ。専業的にラムネの栓という職業に従事していたのだ。このガラス玉はラムネの栓であるから気密性が高くないといけない。壜の口との親和性が高くなくてはいけないのだ。すなわち可能な限り完全な球形である必要がある。ところが成形の段階で少々いびつなものも出来てしまう。歩留まり百パーセントという訳にはいかぬのである。きちんと成形できて栓として使用可能なものを大阪では「ええ玉」すなわち「よい玉」と呼んでいた。そして、いびつにできあがったものは「ええ玉」つまり「A玉」に対して「B玉」と呼ばれ廃棄処分となっていたのだ。しかし始末がいい浪花のあきんどのこと、いつしかこれら廃棄処分の「B玉」を子供たちの玩具として売るようになった。これがビー玉である。もちろんこの話を信じるも信じないもあなた次第であるが。
 話が大きく横道にいってしまった。戻そう。
 他の蒐集としては、鉄道模型であるとか、切符であるとかが挙げられる。これらはモハ108系といわれる。
 さてさて。子供のころの蒐集癖などという懐古趣味じみたことを書くのが主眼ではなかった。私の蒐集癖を書こう。
 現在私の部屋にいちばん多く存在するのは書物であるが、これは蒐集というのとはちと違うので省略。阪神大震災のときには本棚が倒壊し、「うう。出れれへん。ああ。出れれへん」と部屋から出られなくなったこともあるが、今でもその時のなごりでひとつの本棚は大きく傾いだままである。手持ちの書籍が何冊か数えたことはないが、とにかく検索不可能なことは確かである。最近は読みたい本が探せないため、もう一冊買うなどということを平気でやってしまう。あるいはハードカバーで買ったことを忘れ、文庫に降りてきたのを再び買うという愚挙もおかしている。まあ、それはよい。
 ビデオテープもかつてはたくさん所有していた。こちらには気合いを入れて通し番号を振って整理していたので覚えているが、二千本を越えていた。映画が大好きだったのだ。宮崎事件のときに茶の間に報道された彼の部屋を見て、「勝った」と思ったものだ。私の部屋はあれ以上だった。おかげで知り合いからは気味悪がられた。といってもアニメは少なかった。ほんとなのさ。「去年マリエンバートで」だの「木靴の樹」だの「ストーカー」だの「ブリキの太鼓」だの、今から思えばなんであんなにしんどい映画ばっかり見ていたのだろう。反面、「死霊の盆踊り」だの「ベルリン忠臣蔵」だのの最低映画も大好きだったのだが。あんまり荷物になるので、思い切って全部引っ越しのときに捨ててきた。いや、前の部屋に抛ってきた。ごめんなさい六甲福寿荘の大家さん。
 ところでみなさんは「ベルリン忠臣蔵」なる映画をご存じだろうか。ベルリン(壁が壊れる以前である)に、なぜか怪し気な忍者が出没し、殺人をくり返す。犯行現場には「大石」という謎のメッセージを残していくのだ。一生見なくてもちっとも損しないが、見れば確実に時間を損するという恐るべき映画である。まあ、そんなこともどうでもいい。
 コンピュータも、気がつけば殖えてしまったものだ。家庭内でネットワークを張っているのだが、インターネットのパケットが届くマシンがとりあえず八台。ネットワークにつなげていないのも、マッキントッシュ三台にAT一台。押し入れには、現役を退いた8ビットマシンが三台。それにIBMのチップカードが新旧二枚ある。よく「そんなにあって何をしているのだ」と訊かれるが見ればわかる通りつなげているのだ。つなぐことが目的になっている。まいったか。さて、次はどんなマシンをつなごうか。うまくいけば、世界初の電磁波の影響による死者と認定されるかもしれない。何がうまくいけば、だ。世間ではマックだ、ウィンドウズだと議論かまびすしいが、私に言わせれば、どっちも仲良く使おうよ、となる。昼のワイドショーでも時おり仲の良い犬と猿が報道されていることだし。
 楽器も集めている。キーボード、アナログシンセ、ドラムマシン、ブルースハープ。何といっても多いのが弦楽器である。ウクレレ、バイオリン。ギターは十台ほどある。あとはインドのなにやらよくわからぬ楽器。シタールに似た音色を発するので勝手に「ツタール」と呼んでいるのだがこれが私の身長ほどもある。これは借り物で、知人が家まで運んできてくれたものだ。ときはまさにAPECが開催され、厳戒体制の大阪市内。知人はこれを深夜二時くらいに自動車で運んできたのだが、途中、検問に遭遇した。ツタールは大仰なケースに入れて後部座席に積んであったのだが、これが警官の眼に止まった。
「ああん。それは何だ」
「ええと、あの。楽器です」
「楽器。それがか」
 長さの割に胴が細いのでケースに入っていると、なにやら火器めいてみえるのだ。
「なんという楽器だ」
「いや、その。名前はまだない」
 好きこそものの上手なれというが、たいていの楽器はそこそここなしてしまえる。上手、というのは置いておくとしてもだ。器用貧乏というのかも知れぬ。それでバンドを組むたびになり手のないパートをやらされるのだが、キーボードやら、ベースやらをばかりで、今ではドラムである。いちばん好きなギターを弾きまくったことはこれまでにあまりない。
 根が暗い、おたくなもので、ひとりでこつこつやる作業が好きなのだが、先日古いカセットテープをひっかきまわしていたら学生時代に録音したものを発見した。ドラム、ベース、ピアノ、ギター、ボーカルを全部ひとりで多重録音しているものである。ツェッペリンの「ロックンロール」などという曲を「つびなろんたいむ、しんさ、ろけんろー」などとやっているのだが、人が聞くとほとんど馬鹿だと思うだろう。自分で聞いてもやはりそう思う。これでもう少し上手ければ、かのプリンスのようなひとり多重録音による鮮烈なデビューを果たしていたかもしれぬ。「和製プリンス」などといわれていたかもしれぬのだ。そうなってれば今頃は「和製元プリンスという名で知られた名前のないやつ」というややこしいものになっている。
 とにかく、そのテープを聞きながら「若さとは、何をやってもいいということなのだなあ」としみじみ感慨に耽っていた。おい、これが結論か。


新着順一覧 − 日付順一覧 − 前を読む − 次を読む − トップページ


1997/11/26
文責:keith中村
webmaster@sorekika.com