第260回 謎奉行


 まずお詫びしなければならないが、前回の文章に誤記があった。書き言葉という意味で「エリクチュール」と書いたがこれは「エクリチュール」の間違いであった。日頃偉そうなことを知ったかぶりで書いている報いであり、素直に「書き言葉」とでもしておけばよかったと反省している。この間違いは紀伊半島とキーハンターを間違えることよりやや軽く、排水溝とハイセイコーを間違えるよりはやや重い程度の恥ずかしさである。
 さらに書き加えるならば、半分弱と范文雀はそっくりである。
 さて、世界は謎に満ちみちているというのは怪奇現象を扱うテレビ番組の常套句であるが、実は私は謎が嫌いだ。なんとなれば、謎というのは謎めいていて、よく判らないからだ。
 テレビ番組ではないが、たしかに世界は謎に満ちている。
 たとえば推理小説というジャンルの文学があるが、どうもあれが苦手だ。倒叙ものというジャンルもあるにはあるが、どうしてすべての小説ではじめから犯人を教えておいてくれないのか、とその不親切に腹立たしく思う。翻訳ものでは、カバーの袖あたりに登場人物が一覧されているけれど、できることならあそこに、
「ディートリッチ……大富豪。並びに犯人」
 と書いてほしい。あるいは「犯人は庭師」などという題名の小説があればなお良い。信じられぬことだが、謎を求めて推理小説を愛読する人はかなりの数にのぼり、しかもその多くは犯人を推測しながら読むなどという大それたことをやってのける。中にはあらゆる小説を推理小説として読みすすめ、「『坊っちゃん』の犯人は清です」とか「三銃士の犯人は誰だにゃん」などと言う人までいる。
 最近では推理漫画というものまで隆盛を極めている。ある知人は私に「あれは文章の読解力はないが、謎は解きたいという人の欲求を満たすためのものだ」と言ったことがあるが、読解力のないような馬鹿的の人に謎が解けるのかどうかはなはだ疑わしい。
 ところで、「謎の」という形容をされやすい名詞というのも多い。たとえば、
「謎のUFO」
 そもそも未確認飛行物体なのだから、謎であるのは当然だが、かつて「謎の円盤UFO」というあまりに率直な題名の番組もあった。同種のものに、
「謎の宇宙人」
 もある。宇宙人もやはり一般に謎とされており、ポンキッキーズというテレビ番組では「謎の人参星人、謎の葱星人、謎のもろこし星人、歌舞伎町二丁目に現る」という挿入歌が歌われる。もちろん、宇宙人はそもそもいるかいないかという議論がなされる段階の存在なので謎に決まってはいるが、広い宇宙なのだから反対に「猿でもわかる宇宙人」がいてもいいように思う。それがどういうものかは想像もつかないが、きっと「あ、カレー食べたそう」とか「あ、いま通った女子の人のパンツがちら、と見えて嬉しそう」とか、そいつを見ていると手に取るように判るような宇宙人なのだろう。いわば逆テレパスである。さすがは宇宙人だ。
 他に「謎の何何人」という表現をされやすいのは、なんといってもこれだ。
「謎の印度人」
 謎には不思議と印度人が似合う。
 これが「謎のイタリア人」とか「謎のアメリカ人」とかだったら何となくしっくりと来ないし、「謎のポポロフ共和国人」だったらそもそも国の場所からして謎だ。あるいは「謎の秋田県民」とか「謎の板橋区民」とかでもなんとなく困ってしまう。だが、謎の印度人というのはいったい何がどう謎なのだろう。やはりあれだ。カレーを食べたそうかどうかよく判らないということだろうか。あるいはガンジス川で水浴しているだけなのか、それとも溺死しているのかが判らないということだろうか。謎は深まる。
「謎の転校生」というのは眉村卓のジュブナイルだった。
 あまり覚えていないが、転校生が塾へ通って頭をよくしている、これは恐ろしいことだ、とかいう内容だったように思う。今では塾に通っていない子供の方が少ないのであまりぴんとこないが、要するに、西洋人は人を喰う、という開国当時の噂のように未知なるものへの不安の表出だったのだろう。
 転校生というのは、なんとなく素性が知れなさそうで漠たる不安を与えるものだから、この題名はなかなかよいものである。これが、
「謎の卒業生」
 だったら、物語がはじまってすぐにどこかへ巣立ってしまうので話が続かないし、
「謎の留年生」
 だったら。……それは俺だ。抛っておいてくれ。
 さらに、「謎の落花生」とか「謎の犬畜生」とかなら逸脱すること甚しいし、「謎の小倉生まれ」なら無法松の一生である。「謎の岸田劉生」、そろそろくどいな、俺も。
 謎がそぐわない名詞も当然ある。たとえば、
「謎のちくわ」
 ちくわの分際で謎なのだそうだ。どういうつもりだろう。
「謎の稲荷寿司」
「謎の爪切り」
「謎の亀の子だわし」
 何を言っているのかちっともわからない、と不安にかられる方もいらっしゃろうが、安心してほしい。私だって何を書いているのか満足にわかっているわけではない。
 多分、謎というからには空を飛ぶとかそういう得意技があるのだろう。何しろ「謎のUFO」だって空を飛ぶのだから。
 つまり、「謎のちくわ」なら「空飛ぶちくわ」なのだ。
「謎の稲荷寿司」なら「空飛ぶ稲荷寿司」だ。
 何やら妙な方向に話がいってしまったが、そんなわけで「謎の印度人」は「空飛ぶ印度人」ということに決定。では今日の家族会議はこれでお開きにします。決まりを破る悪い子は、お母さんもう知りませんからね。 


新着順一覧 − 日付順一覧 − 前を読む − 次を読む − トップページ


1999/09/30
文責:keith中村
webmaster@sorekika.com