第259回 筍の里


「こんがらがる」というのは奇妙な言葉である。辞書をひくとこの言葉は載っておらず、代わりに「こんがらかる」が出ている。ということは誤用なのだろうけれど、じっさい「こんがらがる」と発音している人の方が多いのではないか。その「こんがらがる」の何が奇妙と言って、否定形である。
「こんがらがらない」
 ちょっと不安にかられる。ほんとうにこれでいいのだろうか、と思う。そんなややこしい言い方でなく「こんがらない」でいいように感じるのだ。しかし「こんがる」の否定ならそれでいいだろうけれど、「こんがらがる」の否定だからやはり「こんがらがらない」とせざるを得ないだろう。そもそも「こんがる」という言葉はない。「程よくやけたさま」という「こんがり」とも似ているけれど、「程よく焼ける」を「こんがる」とはいわない。
「ほら。お餅がこんがったわよう」
 そんな言葉はないのだ。
「ああん。この玉蜀黍、うまくこんがらないのよ」
 断じてないのだ。
 アボリジニに聞いても知らないはずだ。彼らに「こんがる」とは何かと問うと、「わからない」と答えるだろう。それはカンガルーだ。
 いや、そんなことより目下の問題は「こんがらがる」である。
 これはエリクチュールよりもむしろパロールにおいて問題となる。
「これこれとそれそれは紛らわしいのでこんがらがらないようにしてください」
 そういった旨の発言をしようとすると、「ええと、紛らわしいのでこんがらないように、もとへ、こんがらがー、いや、もとへ。こんがら……ええとその。こんがらがら。あああっ。もうっ。こんがらがらがらがったー。私はいつもこんがらガール」
 などと錯乱してしまう。「こんがらがる」という言葉にこんがらがってしまうのだ。こういうのをメタ言語というのだ。言わないが。
 さて、話はまるっきり違うが、物を隠すにはそれなりに相応しい場所というものがある。
 たとえば、犬は拾ってきた草履を縁の下に隠すものであるし、エロ本はベッドの下である。松山千春の歌にもあるが、鍵はいつもの下駄箱の中、だけど今度は本気みたい、あなたの顔も平塚らいてう、なのである。
 竹田という知人がいる。幼少のことであるが、彼はある日うっかりパンツを穿いたまま脱糞をしてしまった。わたしの田舎でいうところの「うんこちびった」というやつである。尾籠な話で申し訳ない。
 知っている人も多いと思うが脱糞をするととても臭い。その上情けない。あまつさえ尻が気持ち悪い。三重苦である。ダルタニャン。
 そんなわけで竹田某は脱糞してしまったパンツを脱ぎ、親にばれぬようこっそり風呂場で尻を洗滌したうえで新たなるパンツを穿いた。さて残るは脱糞してしまったパンツ、私の田舎の古い言葉でいう「うんこパンツ」をいかに処分するかという問題である。
 室内に隠すというのはできない。なんとなればそのいわゆる「うんこパンツ」はとても臭いからである。仕方がないので彼はパンツを握りしめたまま家から出た。家の脇にある側溝にでも捨てようかと思ったが、庭掃除に出た母親に偶然見つからぬとも限らぬ。パンツを握りしめたまま途方にくれる彼の眼に家の裏にある竹藪が映った。
「ここしかなかろう」
 そう思った彼はこそこそと竹藪に近づいた。うち枯れて転がっていた木切れを手にすると竹田は藪の土を掘った。子供にしては天晴れなことに穴は深さ一尺以上にも達した。証拠湮滅の本能がそうさせたのだろう。そうしてそこにパンツを置くと再び穴を叮嚀に埋め、何食わぬ顔で戻ってきた。
 さて、時は流れて竹田は立派な中学生になった。うんこパンツを湮滅した過去は当の本人の記憶からもすでにほとんど消えかけていた。ある日、彼の家を訪うものがあった。
「こんばんはあ」
 隣のおばさんであった。
「はいはい」
 母親の応対する声が彼の部屋に聞こえてくる。
「このパンツやけどなあ。お宅のボクのんやないかなあと思うて。ほら、名前書いてあるやろ」
「んまあ、どこにありましてん」
「裏藪の筍にささってましてん」
 彼にとっては不幸な要素が重なってしまったのだ。まず、うんこパンツが木綿ではなく腐蝕しないポリエステル素材であったこと。埋めた場所が竹藪であったこと。彼が掘った穴の更に下に眠っていた竹の根はパンツから与えられた有機栄養分によって着実に成長を遂げたのであった。そして、地下で育った筍の若芽はやがてパンツをその頭頂に戴いたままにょっきりと地上へ姿を表し、隣のおばさんに発見されるに至ったのである。更に彼のパンツには、ほとんどの子供のそれがそうであるように、片仮名ではっきりと彼の名前がしたためられていた。記名に用いられたのはその商標のとおりいつまでも褪せることのないマジックインキであった。
 いったいこの話の教訓は何であろう。悪事は必ず露見するという勧善懲悪であろうか。それともパンツに名前を書くなということであろうか。私は「筍は元気っ子」だという気がする。にょきにょき。
 そもそも彼の姓が竹田だからいけない。安直に名前に従って竹藪を利用したのが敗因だったのだろう。「火田」ならよかったのだ。それなら彼は庭でパンツを燃焼させるという完全隠蔽工作を成功させたことだろう。これぞ、まさしく「やけくそ」である。
 そんなうまい落ちはいらん。


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1999/09/27
文責:keith中村
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