第254回 猿なのか


 ただ馴れてしまったからどうということもなく受け入れているけれどもよくよく考えるとかなり珍奇な名称をもつというものが世の中にはあるわけで、たとえばサルモネラ菌などはそれにあたる。
 サルモネラ。我々日本人の語感ではどうしても猿を連想してしまう。猿も寝らあ、という解釈ができてしまうのである。猿も寝らあ。何だろう。弘法も筆の誤りとかホメロスだって船を漕ぐとかオケラだって生きているんだ友達なんだとかそういう諺の一種だろうか。すでにして木から落ちることで知られる猿であるが、やはり寝るのであった、とかそういうことなのだろうか。それはどういう意味の諺だ、と頭を抱えることになってしまう。
 猿モネラがあるなら、象モネラもあるのか。犬モネラはどうだ。ワライカワセミモネラはどうなっている。あっ。なるほど生物の分類でいうモネラ界というのはそういうやつらの寄り合いだったのだな。あたかも動物王国だ。トップに君臨するはムツゴロウモネラだ、などと取り留めのない想像をしてしまうのである。
 調べてみると、サルモンさんが発見したからサルモネラというのだとわかった。ああなるほどやはり猿と関係なかったのか畑さんも無関係と納得していると、実はサルモネラは属の名称であり、そのなかにはブタコレラ菌だのネズミチフス菌だのというのがある、ということまでわかってしまったのだ。
 こら、お前ら。豚に鼠だと。やはり動物王国ではないか。猿ではないか。サルモンだの何だのと俺をたばかっておったのだな。本当は裏で、ああお猿しゃんでしゅねえ、可愛いでちゅねえ、ああこっちは豚さんでちゅ、可愛いでちゅ、うひゃあ鼠さんもいいでちゅねえ、などと言いながらB兵器による世界征服の奸計を企んでおったのだな。ええい。手討ちにしてくれる、このムツゴロウめ。パンチ。パンチ。チョップ。
 ということで猿と畑をやっつけたので次へゆく。
 ブルセラ菌というのがあるのだそうだ。
 何といやらしい名前の細菌なんだ。どういうことだ。これに感染するとブルセラマニアになってしまうのだろうか。恐ろしいことだ。いやそれもまた人生か。でへへ。
 などと喜んでいる場合ではない。ブルセラ菌に感染するとブルセラ症という病気になるそうだが、これはそもそも犬の伝染病らしいのだ。犬なのにブルセラなのだ。どういうことだ。かなりコアな趣味か。
 感染した犬が流産した胎児をさわったりすると、人間も罹患するということなのだが、むしろ水子を背負った女子高生にさわった方が感染しそうな気もする。
 本当はこれもブルースさんが発見したので、ブルセラというらしいのだがそんな語源はどうでもよい。罹ってしまったらどうすればいいのだ。
「山田。おまえ、最近顔色悪いね」
「うん。ちょっとね」
「病気じゃないのか。医者へ行ったほうが」
「もう行ったよ」
「で、何だって」
「それがね……」
「何だよ」
「いや。何。その。あの」
「どうしたんだよ。水臭いな。親友だろ。言ってくれよ山田」
「いや、田中。だから。あれだよ。つまり」
「言ってくれ。俺はたとえお前がエイズでも離れたりはしないよ」
「じゃあ、言うけど。……ブルセラ症っていうらしいんだ」
「何」
「だからその。ブルセラ症」
「ブルセラ」
「……うん」
「ぎゃははは。そうかそうか。お前、そういう趣味だったんだな」
「おい、田中。いや。あのね。そのブルセラじゃなくって」
「いいよいいよ。皆まで言うな。うんうん。若いねえ。若いって素晴らしい」
「ブルースさんが発見したからブルセ」
「言い訳なんかいいよ。うん。それも人生だよな。うん。うん」
 かくして山田はブルセラマニアという噂が蔓延することになる。気をつけろ。田中の口は軽いぞ。
 犬の感染症としては他にこういうのもある。
 キャンピロバクター症。
 やはり犬だからキャンなのだろう。猫ならニャンピロバクター。ニャントロ星人がばら撒くのだ。気をつけろ。
 バクテリアだから何とかバクターという名称は多いのだが、しばらく前から騒がれているものに、こういうのもあった。
 ヘリコバクター・ピロリ菌。
 ピロリ菌である。いいのか、そんなことで。そんなふざけた名前でこの世を渡れると思うな。
 何でもピロリ菌は人間の胃の幽門にいて、潰瘍やら癌やらの原因とも言われる恐ろしい細菌であるらしいのだが、それにしてもピロリたあどういう了見だ。
 実は幽門のことをピロリというのでピロリ菌というようだ。幽門が「ピロピロ」でなくてよかった。もしそうなら、「ピロピロ菌」であったわけだ。
 ピロピロ菌。恐ろしい名前である。ぴろぴろー。   


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1999/09/06
文責:keith中村
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