第251回 郵便局員は二度ベルを鳴らす


 鉄道と郵便は我が国について言えばほぼ同時期に組み立てられた制度でもありよく比較して語られるものだ。両者とも「ある種の趣味の対象」となりえるものであるが趣味としてより「濃厚」であるのは間違いなく鉄道だ。
 鉄道に関る趣味のうち代表的なものは鉄道模型であろう。もちろん代表的であることと一般の人間にわかりやすいことは同値ではなく、試しに検索して訪れたある鉄道模型関連のサイトにはこういう文章があった。
「アトラスOのレールは普通のムクレールを使っており、それ用のジョイナーが使われています。つまり、普通のHOとかでよく見かける形状のジョイナーです。これに対してライオネル製などのチューブラーレールは単にチューブラーレールの真ん中に刺さる棒状のジョイナーに過ぎません。トランジッション・ジョイナーとは、実はこの2種類のジョイナーが真ん中から背中合わせになって組み合わさっていると言う、極めて安直な代物です。しかし、この種の安直な代物と言うのは、時として実に有益だったりするわけなんでありますね」
 恐ろしいことに何を書いてあるのかさっぱり判らない。「実に有益だったりするわけなんでありますね」などと言われても「はあ。そうなんでありまするか」と曖昧に頷くほかはないだろう。ジョイナーというと陸上競技の人だろうか。それが背中合わせに組み合わさっているとなるとシャム双生児みたいで恐ろしい。ライオネルとあるのは歌手かプロレスラーなのだろう。
 他に鉄道関係の趣味には、自宅に列車の運転室を作るというものやら、全国各地の珍しい駅名の切符を蒐集するものやら、珍しい列車の写真を撮り歩くものやら、あるいは珍しい列車の通過音を録音するという何が面白いんだかわからないものまである。どれもこれも子供っぽい趣味だが、もうちょっと大人の趣味としては「車掌プレイ」というのがあるらしい。内容は私もよく知らないのだが、どうやらかなりいやらしい趣味であるようだ。駅弁プレイならば私も知っているけれど。
 対する郵便はそれに比べるとおとなしい。趣味として確立しているのはせいぜい切手蒐集くらいのものだろう。もしかしたらこっちにも「郵貯プレイ」とか「局留プレイ」とかあるのかもしれないけれど、聞いたことはない。「寸止め」なら知っているけれど。
 ところで、少し話は変わるがそれらとはまったく別に「ドラマニア」と呼ばれる人びとがいる。「ドラマニア」とはドラえもんに魅せられた人びとでありドラえもんにまつわる品々を蒐集することを使命にしている人びとである。彼らは漫画「ドラえもん」を全巻揃えているのは当然のこととして、さまざないわゆるキャラクターグッズの蒐集に全身全霊であたる。たとえばドラマニアの間では「タケコプター」に校正される以前の「ヘリトンボ」の表記が現れる漫画の古い版が高値を呼ぶ。
 さて、切手蒐集とドラマニア、この両者には従来関わりは一切なかったのだ。だが事態は変わった。二年前の一九九七年、郵政省はドラえもんの切手発行に踏み切ったのであった。このドラえもん切手は、多くの郵便局で発売日に即完売するほどの大人気となった。切手蒐集家に加えてドラマニアが郵便局に殺到したのであるから無理もない。
 ここでひとりの女子の人が登場する。名を静香という。彼女はドラマニアである。彼女が、自分と同名の少女がヒロインとして登場するこの漫画の虜になったのはごく自然な成り行きと言えよう。
 静香嬢はドラマニアとしてどうしてもこのドラえもん切手を手に入れたいと思った。だが近所のいくつかの郵便局を訪れた彼女はそのいずれもですでに切手が売り切れている事実を知った。悲しい気持ちで過ごすうち、彼女のもとに情報が舞い込んだ。ちなみにPC−8001はマイコンだ。その情報とは少し離れたとある郵便局ではまだくだんの切手が売れ残っている、というものであった。静香嬢はさっそくその郵便局に赴いた。窓口には若い男性の郵便局員がいた。
「くださいな。ドラえもん切手」
 彼女がそう告げると男はあいにくちょうど売り切れたところであるがもうすぐまた入荷する予定があり入り次第連絡するのでここに電話番号を書け、とノートを差し出した。彼女はそこに住所氏名電話番号を書いた。
 次の日曜日、彼女の電話のベルが鳴った。郵便局の窓口にいた男であった。
「ドラえもん切手が入ったんだけどさ」
 すぐ取りに行きます、という静香嬢に男は郵便局ではなくここに来い、と喫茶店を指定してきた。「ほら、日曜だから窓口は閉まってるんだ」
 不審に思いながらも彼女は指定された喫茶店に赴いた。色シャツをラフに着た郵便局員は先日とはうって変わった馴れ馴れしい口ぶりで彼女に話しかけた。
「ほら。これご覧よ。切手だけじゃなくこういうのもあるんだ」
 そういって男がとり出したのはマニア垂涎の「ドラえもんグリーティングカードセット」であった。
「欲しいかい」
 にやにや笑いながらそう訊く男に静香嬢が肯くと男は宙を見たまま言った。「じゃあさ、今日いちにち俺とデートしてくんない」
 彼女はあきれて開いた口が開きっぱなしになってしまった。こともあろうに男は自分の職権を悪用しようとしているのだ。すぐ次に彼女に訪れた感情は怒りであった。
「そんなら要りません」彼女は強い声でそう言うとそのまま喫茶店を後にした。ドラえもん切手は欲しかったけれど。
 彼女がその郵便局の責任者である局長に顛末を連絡して、男の余罪が露見した。男は同じ手口で何人もの女子の人を手籠めにしていたのであった。恐るべき郵便局員なり。
 なお、その際男が「速達プレイ」とか「月に雁プレイ」をしていたかどうかは不明である。ってそんなプレイはないだろ、おい。


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1999/08/23
文責:keith中村
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