第25回 記憶術


 拘束され拷問を受けるヒーローが言う。「体の自由は奪えても心の自由は奪えないからなっ」
 ならず者に辱めを受けたヒロインが言う。「体は奪えても私の心までは奪えないのよっ」
 三文小説にありがちな台詞であるが、ほんとうのところ心すなわち精神活動というのは人様にお見せできるほど立派なものではないことが多い。日記やメモは自分しか見ないものなので、自分だけにわかる符丁を使う。これは断腸亭ならずとも誰でもすることだが、心の中だけで用いられる符丁はメモでのそれ以上に難解さを増す。人からすれば何故そうなると思うことでも、本人だけは納得できたりするのだ。この特製はものごとを記憶するときに顕著になる。
 皆さんも「いい国作ろうコロンブス」とか「一味散々日清戦争」、「鳴くよ鴬エイリアン」、それに「水兵リーベ僕の船。七曲がり署の山さん足で捜査」など語呂合せで年表や周期表を覚えたことがおありだろう。もちろん私だってある。語呂合せとはたいした物で十数年も前に覚えたことでも未だにこのようにすらすらと暗誦できてしまう。暗誦できるのだが、待てよ、「山さん」なんて元素あったっけ。
 知人にこんな奴がいる。
「文永の役っていつだっけ」
「いちにななよん文永の役、だから1274年。で、いちにはちいち弘安の役が1281年」
「ちょっと待て。何だそれは」
「何だとは何だ」
「そのいちなんとかいうのは」
「解るだろ。語呂合せだよ」
「待て待て待て。ちっとも語呂があってないじゃないか。そのまま言っているだけだ」
「いいではないか。覚えられているのだから」
「……」
「どうした」
「いや、別に。では生麦事件は何年に起こった」
「ええと。いちはちろくに生麦事件。1862年」
「壇ノ浦の合戦」
「いちいちはちご安徳天皇どんぶらこ。ええと1185年」
「……」
「どうした」
「いや。何でもない」
 とまあ、何故彼がこんなで年表を記憶できるのか不思議で仕方がないのだが、記憶というのはそういうものなのだろう。
 私にも妙な覚え方をしているものがある。
 十歳のときだったかと思うが、父がモールス信号の打電練習機を作ってくれた。打鍵をトリガーにした簡単な発振器だかブザーだかみたいなものであったが、打鍵だけはスプリングの噛ませてある本格的なものであった。今考えてもなぜ父がそんなものをくれたのかさっぱりわからない。もう退職しているが、電報電話局に勤務していた父は、そういえば十年ほど前に「これからはISDNの時代だ」などと言っていた。モールスの打電機をくれたとき彼は何もいわなかったが、やはり「これからはモールス信号の時代だ」とか、「お前もそろそろ一人前だ。モールス信号くらい打てなくちゃな」ということだったのであろうか。あろうか、ってそんな訳はないな。あるいは父も、捕鯨船の通信士をしていた祖父からそうやって打鍵を手渡されたことにより、電報局に勤めることになったのかもしれない。脈々と親から子へモールス信号の打鍵を伝える家族、ちょっと無気味だ。長あく無気味だ。
 さて、なにしろくれるだけで、別段練習しろともいわない。もっとも「お前も勉強ばかりしてないで、ちょっとはモールス信号を練習したらどうなんだ」などという叱言もどうかとは思う。
 そのうち私は、どこかからモールス信号とアルファベットの対応表を見つけてきて、なんということはなく覚えてしまった。
 モールス信号というのが長短の音の組み合わせて情報を伝達するものであることは有名だが、実際にどう対応しているかまではご存知でない方が多いだろう。ちょっと書いてみる。

A ・−
B −・・・
C −・−・
D −・・
E ・
F ・・−・
G −−・
H ・・・・
I ・・
J ・−−−
K −・−
L ・−・・
M −−
N −・
O −−−
P ・−−・
Q −−・−
R ・−・
S ・・・
T −
U ・・−
V ・・・−
W ・−−
X −・・−
Y −・−−
Z −−・・

 ちょっと、と言いながら全部書いてしまった。
 これをそのまま覚えるというのは大変であるから、その対応表には、ちょうど歴史年表の語呂合せのような按配の文句が書いてあった。これがなかなかよくできていた。以下は上の対応表を見ながらお読みください。
 たとえば、Bは「ツートトト」だから「ビートルズ」とある。Mは「メーデー」、Nは、「ノート」、Pは「ピロートーク」、Vは「ビクトリー」といった具合である。
 Jが「自営農業」、Kが「警視庁」、Qが「救急至急」。Sは「昴」で、Zが「ズーズー弁」である。この辺はドメスティックに、よく出来ている。
 Eが「え」、Iが「アイ」で、Tは「ティー」、そのままである。
 これ以外は、それほど出来がよくなかった。

C Cはシート(シートはSで始まるだろうに)
D ディーヤル(「ダイヤル」だけどちと苦しい)
G ゴーゴー、ストップ(トン、という短符を「ストップ」に見立てている)
H はははは(笑っている)

 ちなみに打ち間違えたときには「HH」とやるのだが、これは「・・・・・・・・」と八文字となるので「失礼しました」と覚える。余談になるが、コンピュータのキー操作では昔から Ctrl+H が「1文字削除」という割り付けになっているが、もしかしたらこれもモールス信号に由来するのかもしれない。Windowsでこれをやると検索ダイアログやら履歴ウィンドウやらが開いちゃうんだけど。
 Lには「エルサーレム」と書いてあったが、それでは「トトツートトン」と頭に短符がひとつ多くなる。しかも「エルサーレム」と音を伸ばすのはちょっと苦しい。これはいかんと思った私は自分なりにもっといいものを宛てようと思った。思ったが思いつかん。結局、頭ひとつとばして「ルサーレム」と覚えた。これでも「L」への連想は働く。しかし「ルサーレム」ってなんなんだ。
 同じくWには「WC」とあり、「ダブリューシー」、これも頭ひとつ多い。同じように「ブリューシー」と覚えた。すでにWからは乖離してしまっているが、人間、理屈で覚えるわけではないのだ。
 その他の文字にどんな単語が振ってあったかは覚えていない。というのも、これら以外はかなりまずい出来だったので、自分なりにもっと覚えやすい別の言葉を宛てなおしたからだ。
 たとえばAは「あえー」。あえー、とは何だ、と訊いてはならない。とにかくそう覚えてしまったんだからしかたない。理屈じゃないのだ。
 Fは「Fシュート」。何がシュートなんだか自分でもさっぱり解らない。
 Rは「るあーる」。どういう意味かは私も知らん。
 Oが「おー、おー、おー」。鬨の声をあげている。
 Yが「わーい、わーわー」。喜んで声をあげている。
 元がまずいから自分なりに宛てたといいながら、この出来というのもちょっと如何なものか。
 Uが「うんこー」。
 Xが「ええ糞爺」。
 とほほ。ほええ。書いてて情けなくなるが、なにぶん十歳の餓鬼の所業であるから見逃して欲しい。
 こんなに情けない語呂合せを未だに覚えているというのもかなりなものだと思うが、注意せねばならぬのは気が抜けてぼけえっとしているときだ。そんなとき私は眼に映る文字を無意識にモールス信号に翻訳していることがある。
「Linux」という単語をぼんやり見つめながら、心の中で「ルサーレム、アイ、ノート、うんこー、ええ糞爺」と呟いている自分に気づくとき、私は不意に人間の心の深淵を垣間見た気持ちになるのである。ならねえってば。


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1997/11/21
文責:keith中村
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