第247回 おちぶれたり


 エンターテインメントというのは人を楽しませることであり、では人はいかなるときに楽しみを感じるかといえば、これは並み大抵ではないものを体験したときであろう。ありきたりなもの、ありふれたものでは人はなかなか楽しめないものであり、日常の中の習慣なり規則なりという自動的機械的なものはあまり楽しみにはならない。
 たとえば、歯を磨くのが楽しいという人は、歯を磨くのが苦痛だという人がいないのと同様にいない。いや、ものぐさな性格ゆえに歯を磨くのが苦痛だという人はある程度の確率で存在するかもしれないが、しかし歯を磨くのが楽しいという人はいないと思うのだ。などと書くと、いや私は歯を磨くのを楽しんでいる、という人もいるかもしれないけれど、ではそういう人はどの程度楽しいのだろうか。よもや「楽しくって楽しくってしょうがない」などということはなかろう。
「歯を磨くのが楽しくって楽しくってしょうがない」
 こんな奴はいない。
 いたら大変である。
 どれだけ大変か、いたと仮定して考察してみよう。名前は田中である。
 田中は今まさに就業時間を終えたところである。いそいそとタイムカードを押して会社を飛び出す。満員電車で揺られて、自分ちのある駅に着く。気もそぞろである。それというのも無理はない。いまや田中の頭の中にあるのは歯を磨くことだけである。
「磨くんだあ。磨くんだあ」
 出鱈目な歌まで唄ってやがる。
「さあ。今日はどんな磨き方をしようかなあ」
 田中は勃起すらしかねないほど興奮している。そしてようやく家に到着だ。
 一目散に洗面所に駆け込む。
「うひょお。歯磨き歯磨きー」
 そして磨くのだ。
「ごしごしー。ごしごしー」
 周囲の人間が見たら何ごとかと思うだろうが、なにしろ田中は歯磨きが楽しくって楽しくって仕方がないのだ。
「らんらららん」
 ついに田中は踊りだした。
「たらったあ。たらったあ」
 スキップしている。
 そして田中は磨きつづけるのだった。延々と。四時間。
 さて、長くなってしまったが、お判りいただけたであろうか。このように、日常のことどもに対して「楽しい」というのは奇妙なことなのである。洗剤の宣伝などで「これを使えばお掃除が楽しくなります」というのがあるのは掃除がそもそも楽しいものではないという証拠であるし、ではその洗剤を使えば掃除が楽しくって楽しくってしょうがなくなって一日中やるのかというとやはりそんな奴はいないわけで、「楽しい」というのはありふれたものからは起こり得ない感覚なのである。
 だからエンターテイナーというのは並み大抵でない芸を見せるものでなければならない。つまらないこと、ありふれたことをやっているようではエンターテイナー失格なのである。
 さて、先日ぼんやりとテレビを眺めていると、ミスター・マリックの手品番組が始まった。ミスター・マリックは、かつては、ちょっと迂闊な人なら超能力か奇蹟かと誤解してしまいそうな物凄い手品をたくさん見せてくれた生粋のエンターテイナーである。私は期待して番組を観ることにした。
 が。なんともまあ、期待を裏切られてしまったのだ。そこで披露された手品は手品という以前のものばかりだったのである。
 たとえばこういうのがあった。
 人に六本の紐を渡し、まとめて真ん中あたりを握ってもらう。すると、紐の端が拳の両側からそれぞれ六本ぶらりと垂れ下がる。中央を掴んでいるから両側に垂れたもののうち、どの端とどの端が同じ紐のものかは判らなくなっているわけだ。そうしておいて、マリックはまず片方の六つから二つずつ適当に選んで結ぶ。結び目が三つできるわけだ。それから他方の六つもそれぞれ二つずつ結わえる。拳から下がった紐の両端にそれぞれ三つの結び目ができた。最後に、紐を広げると、綺麗に全部が繋がって大きな輪になっている。
 あー、判りにくい説明だこと。すみませんねえ。
 目印でもつけておけば簡単にできる、ほとんど宴会芸並みのだしものではないか。
 しかもあろうことかマリックは番組のゲストたちにも同じことをさせたのだ。「強く念じれば成功する」と言って。
 で、五人がやったところ成功して大きな輪になったのが三人。会場はどよめく。
 これを見ていて私は思った。
「なにかおかしい」
 で、考えてみたのだが、これが成功する確率はいったいどれくらいのものなのだろう。
 まず、紐が六本ある。

  ||||||

 という状態である。はじめに下端を二つずつ結わえると二本がひと組のU字が三組できあがる。

  U U U

 それぞれのU字形をA、B、Cと名づけ、Aのまだ結ばれていない上端をa、a’、Bの上端をb、b’、Cの上端をc、c’としよう。ここで、たとえばa’とb、b’とc、c’とaを結べば全体で大きな輪ができる。ということは、U字形にするまで、つまり下端を結ぶまでは出鱈目で構わなく、上端の三組さえ首尾よく結べば成功するわけだ。その組み合わせは何通りあるのだろう。番組を観ていてそういう疑問を抱いたのだ。
 で、計算してみた。
 以下の考え方で合っていると思うのだが、間違っていたらすみません。
 まずaと結べるのは残りの五つのどれでもよいから五通りになる。それを結べば紐は残り四本になる。その内の一本は残りの三本のどれかと結べるから三通り。そうやって二組結んだあとは残り二本で、これらはそのまま結ぶだけである。
 ということは五掛ける三の十五通りの結び方があることになる。列挙してみよう。

  1. a-a' b-b' c-c'
  2. a-a' b-c  b'-c'
  3. a-a' b-c' b'-c
  4. a-b a'-b' c-c'
  5. a-b a'-c b'-c'
  6. a-b a'-c' b'-c
  7. a-b' a'-b c-c'
  8. a-b' a'-c b-c'
  9. a-b' a'-c' b-c
 10. a-c a'-b b'-c'
 11. a-c a'-b' b-c'
 12. a-c a'-c' b-b'
 13. a-c' a'-b b'-c
 14. a-c' a'-b' b-c
 15. a-c' a'-c b-b'

 ああ。読んでるあなたもうんざりだろうが、書いてる私も面倒臭い。
 さて、たとえば、1.の組み合わせでは「O O O」と小さな輪が三つできる。わわわ、輪が三つである。これは駄目である。「x-x'」と同じ紐の端をつないでしまうといけないのだ。
 成功する例をすべて挙げると、5、6、8、9、10、11、13、14で、なんと八通りもあるのだ。十五分の八であるから確率は約五十三.三パーセント。半分以上うまく行くということになる。番組で五人中三人が成功していたのはほぼ確率通りということである。
 ちっともすごくないじゃないか。
 他にも、四つの色からマリックの選んだものと同じ色を十人のゲストに一斉に選ばせるというテレパシー実験のようなものもやっており、ゲストのひとりが連続して当てたというので盛り上がっていた。細部は覚えていないのだが、十人で五回やってトータルで当ったのが十一、二件だった。大雑把な計算だが、十人掛ける五回で五十回のチャンスがあるうちで十二回あたるというのはほぼ確率どおり四分の一で、たまたま一人が連続して正解しただけで全体をみればちっともすごくない。
 どうしたことだ。マリックおちぶれたり。
 それから、古典的な例の、念じていれば手に金粉が噴いてくるというのもやっていたのだが、うちのテレビは赤のビームが切れていて人が緑に見えるというおんぼろテレビであり、それで観ていても金粉というよりは手の汗にしか見えないのだ。
 番組の最後にゲスト全員に一円硬貨を配り、それを曲げるというのをやっていて、ほぼ全員が曲げていたのだが、これは柔かい材質でつくった贋一円硬貨ではないのか。贋金づくりは犯罪だぞである。あるいは百歩讓ってもし本当に超能力で曲げていたとしても硬貨を変形させるのはやはり犯罪であろうし、どっちにしてもちょっとまずいのではないか。
 そんなわけで、久しぶりに観たマリックの手品はどうでもいいつまらない水準に零落してしまっていたのであった。かつて「おお。滅茶苦茶凄い」というネタを次から次へと見せてくれていた芸達者であるだけにちと残念であった。
 願わくはこのままつまらない路線を走りつづけるのではなく、もっともっと凄いものを見せつけてほしいのだ。
 たとえば一円玉を曲げるなどというちまちましたものではなく、例の五百円硬貨に煙草を貫通させるやつをゲスト全員で成功させるとか。
 汗だか何だかわかんないような金粉ではなく、手から見る見る金の延べ棒がにょきにょき生えてくるとか。
 紐を結んで広げると、不思議なことにそれがブルース・リーの黄色いジャージになっていたり。
 そうだよ。それがエンターテインメントではないか。まだまだあるぞ。
 壊れた腕時計を掌に乗せて念じると、ロレックスになるとか。
 スプーンをこすりつづけていると、それが爆発するとか。
 お札を破って灰皿の中で燃やすと、田中邦衛のブロマイドに化けるとか。
 ゆで卵の殻を剥くと、中から小さい吉永小百合が五人出てくるとか。
 妙なかぶりものを頭から被って、首を何度もぐるぐる回転させるとか。
 って、最後のはナポレオンズだろ。 


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1999/07/28
文責:keith中村
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