第242回 似ている


「似ている」ということについて今回は考えてみたい。我々は日頃漠然と「似ている」「似る」という言葉を使っているが、ふと「似ている」とは何だという疑問が浮かんだのだ。
 手始めに広辞苑をひいてみた。
「互いに同じさまに見える。類する」
 素っ気なくそう書いてあり、その後に萬葉集から大伴旅人の歌が引用してある。
「あな醜 さかしらをすと 酒飲まぬ人をよく見れば 猿にかも似る」
 こんな酔っぱらいのたわごとのような歌が千数百年も残っているのもちょっとどうかと思ったが、その訳を折口信夫の「口譯萬葉集」に当ってみた。
「へん、ざまを見ろ。其ざまはなんだ。ほんとに賢ぶつた眞似をせうとして、酒を飮まない人間を、よくよく見たら、猿に似てゐるだらうよ」
 原文では「あなみにく」とたった五文字しかないにもかかわらず、多くの語数を費やしているところに折口の私情がかなり入っているようだ。落ち着けよ、折口。
 萬葉集は訓み方にいく通りかの説があり、折口が採っているのは「猿にかも似む」というものなので、「猿に似ているだろうよ」と推量になっているのだが、広辞苑の方は「猿にかも似る」である。断定である。
「ああ。猿と同じに見えます」
 そういうことだ。
 ともかく「似ている」ということの辞書の定義はわかった。同じに見える、ということなのだ。
 だが、更に考察するならば「同じ」という言葉の捉え方にはかなりの幅があることに気づく。
 まず、こういう「似ている」がある。
「ジェームス三木と筒井康隆と山城新伍は似ている」
「谷村新司と黒鉄ヒロシとクラーク・ゲーブルは似ている」
 それぞれの顔を思い出していただければなるほどと肯いていただけるだろう。
 こんな「似ている」もある。
「原子模型と太陽系は似ている」
「アメーバと洟水は似ている」
 こういった「似ている」の場合には大きさはその比較対象にはならない。純粋に形状のみに注目しての「似る」になるのだ。いわば相似形であるといったところか。
 かと思えば次のようなものもある。
「半鐘泥棒と山椒太夫は似ている」
「ニルヴァーナと水洟は似ている」
 これまでの感覚ではこの「似ている」は理解できないだろう。形状に着目しようにも、ニルヴァーナとはいったいどんな形なのだ。
 お判りにならなかったかもしれないが、実はこれらは「音の響き」が似ているのだ。水洟はちょっと音を伸ばして「みずばーな」と発音しないとわからない。見落としがちなポイントであるので注意したい。
 こういった例は多数見られる。
「栃錦と『こっちにしとき』は似ている」
「フラクタルと補陀落渡海は似ている」
「烏骨鶏と『コケコッコー』は似ている」
「トーノバンゲイと遠野物語は似ている」
 あまり似ていないと感じる人は口を大きく開き過ぎているのかもしれない。フランス人に憑依されたつもりでもじょもじょと声に出していただきたい。それでもうまくいかなければ本当にフランス人に憑依されてみてほしい。
 さて、しかしもっと他の「似ている」もある。
 こういうのがそうだ。
「天使と大便は似ている」
「相模と相撲は似ている」
「匍蔔と葡萄は似ている」
「イースターエッグとミスタービッグは似ている」
 そこのあなた、いつまで憑依されてるんだ。こんどはいくらもじょもじょ発音しても無駄だよ。
 これらは「字面」が似ているものである。
「似ている」というのはざっと見てもこれだけ幅のある広い意味の言葉なのである。それでもなお、私の挙げた例に「似ている」を感じられない鈍感な方もいらっしゃろうぞ。そんな方のためにちょっと例を補強しよう。
「半鐘泥棒と山椒太夫は、少なくとも半鐘泥棒とベニテングダケよりは似ている」
「栃錦と『こっちにしとき』は、少なくとも栃錦と『おいどんはフランス人ですたーい』より似ている」
「天使と大便は、すくなくとも天使と板垣退助よりは似ている」
 すなわち、である。すなわち、「似ている」というのはあくまで相対的な距離感を表す言葉なのである。
 これは重要な点である。「似ている」というのは二者の相対的な距離がもっと別のものと比較して近い際に用いる言葉だったのである。
 だから、こういう言い方もできうることになる。
「私と木村拓哉は似ている。(少なくとも私とエゾオオシカよりは)」
「私の歌声はフランク・シナトラに似ている。(少なくとも豚の悲鳴よりは)」
「私のギター・テクニックはエリック・クラプトンに似ている。(ともに右利きで弾く)」
「私の文章は芥川龍之介と似ている。(どちらも日本語で書かれている)」
 そしてまた、
「私の心の広さはマハトマ・ガンジーと似ている。(どちらもフランス人に憑依されていない)」
 ああ。ジョセフィーヌ。勘弁しておくれ。


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1999/07/10
文責:keith中村
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