第24回 す


 野菜の「なす」を漢字で書くと茄あるいは茄子であるが、「なすび」を漢字で書いてもやはり茄あるいは茄子となるがゆえ、「び」とはいったい何なのだという議論が生じることになり、「び」だけにやはり接尾語であろうなどという説もあるが、これは説というよりはむしろ駄洒落、本当のところ、「なす」を「なすび」というは女房言葉すなわち室町時代あたりの女官たちの間で使われていた言葉であるらしく、餅のことを「おかちん」、寿司を「すもじ」というのと起源を同じうする隠語の一種、さならが現代でコギャルたら何たらいう種類の人種がPHSを「ピッチ」、「たいへん好ましくない状況である」を「ちょべりば」などというが如きものであろうが、そういえば件の人種は「腹立たしい」を「ムカツく」、「苛立たしい」を「ムカツく」、「気に入らない」を「ムカツく」、「思い通りにならず不本意である」を「ムカツく」、「物悲しい」を「ムカツく」、「精神的に傷ついた」を「ムカツく」、「寂滅とした心持ちである」を「ムカツく」、「前日合コンでしこたま飲酒したので胸がムカつく」を「ムカツく」などと喋り、「お前ら、ムカツくムカツく言うな。お前らがムカツくというたびにこっちはムカツくんじゃ」と毒づいてみたくもなれど、思えば枕草子において何でもかんでも「うつくし」などと表現しての物尽くしをやったりしておるのも本質的にはこれと同じようなものかもしれず、あるいは当時の男性たちも「なんでもかんでもうつくしなどといわれた日にゃあ、たまったもんじゃないでおじゃるよ」てな具合に嘆息しておったのだろうか、しかしこんなふうに書くと、宮中の女官とそこいらのコギャルたら何たらちう女学生とを一緒くたに論ずるなという向きもいらっしゃろうけれど、両者とも社会的な責務を負うておらぬところ労働に従事せずとも喰うてゆけるところ自分の周囲半径三十センチ以内のことにしか興味を持っていないところは確かに共通しており、双方女子の人であるということも共通点であるのだが、あれれ、いま「なすび」は本当に女房言葉なのかという疑問が不意に脳裡を夜霧よ今夜もありがとう、気になってあれこれ調べて見るもそれらしい記述には行き当たらずちょっと不安になっておるのだが、せっかくここまで書いてきたものを反古にするのもあれなので、蘊蓄をば傾けて胡麻化すことにしようかなと思い蘊蓄をば傾けて胡麻化すところ、「なすび」の「び」ではないが語の最後について属性を表す言葉ちうものがあり、といっても .comとか .govとか .netとか .jpとかいうドメイン・サフィックスのことを言っているのではなく、はたまた .comとか .exeとか .jpgとか .txtという拡張子のことでもなくて、たとえば「す」という言葉、これは鳥を表すものでありまして「からす」「かけす」「ほととぎす」「うぐいす」などがそれに該当するところのもの、そういえばカリフォルニアあたりにはかつて「いいぐるす」という怪鳥もおり、更に蘊蓄をば傾けるなら、ノギスという円筒の直径を計測したりする物差しの親方みたような器具、あれは計測する部分のふたつの突起の形状が「のぎす」という野鳥の嘴に酷似していることから命名されたものであるのだ、という豆知識を披露して私が唯の馬鹿ではないことを証明してみせると、どうです、そこのあなた、「へえ、そうだったのかあ。なるほどなあ。覚えておいてどっかで話のネタにしてやろう」と考えたでしょうが、くれぐれもお気をつけていただきたく候、なんとなれば実はこれたった今思い付いた出鱈目出任せに過ぎず、あまりによくできた話なので作った本人ですら信じかけたのであるが、調べてみるとノギスというのはその考案者の名前を取ってつけられたものであるらしいので無実無根、くれぐれも騙されないようにしてほしいのだが、じっさい外国語には日本語に非常に近いものもあり、たとえばフランス語の San quand s'i on.(「だんだん暖かくなる」)は「三寒四温」と発音も意味もほぼ同じ、ローカルな話ではありますが神戸は三宮にある「土井手芸店」という店、これもドイツ語の Deuss Goethen(手編み物)とそっくりなのには驚かされるのだが、ほらほら驚いている場合ではない、騙されちゃいけないってば、これも口から出任せなのですよ。


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1997/11/20
文責:keith中村
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