第233回 お墓を調べよう


 墓というのは不思議なものである。その言葉から喚起されるイメージは「死」に関する陰気なものであるにもかかわらずその語感が与えるイメージは何となく間が抜けているのだから。
「はか」
 平仮名で書くと、何よりも「ばか」とそっくりであるところがいけない。これではいけないと思い、叮嚀に言ってみる。
「おはか」
 何とも名状しがたい虚脱感に囚われてしまう。
 だが、そんなことも言っていられない。墓というのはあまねくすべての者にとって終の栖となるべき場所であるのだから、もっと真剣に考えなければならないのではなかろうか。私は墓について調べてみることにした。近ごろは調べものをするといっても図書館で文獻を漁るの労は必要ではない。WEB上のページを調べればよいのだ。便利になったものである。
 まず見つかったのは墓地清掃代行業なるものである。こんなものが商売になるのかと思うが、あるサイトの説明によると遠隔地に転勤になって墓の手入れができない、高齢になって墓の掃除が大変だ、などという人に需要がある職業のようだ。清掃の内容がメニュー形式で書かれているのだが、その中でひときわ眼を惹くのが「特殊加工」というものである。こう書かれている。
「特殊な保護剤を使い、雨曝しの状態でも、皮膜(保護膜)が石を守ります。当然奇麗な状態がいつまでも続きます」
 二つめの文にある「当然」というのがものすごい説得力である。工賃は八万円もするが、「当然」などと言われたら頼んでしまいそうになる。
 また別のサイトではいきなりこう書かれてある。
「お墓、玄関、お便所の整理の出来ていない家庭は人柄や家相まで計られます」
 そう決め付けるのもちょっとどうかと思うが、それより墓と便所を一緒くたにしているのはいかがなものか。
 あとにこう続く。
「残念ながら幸運・好運も通り過ぎてしまいます」
 何だか脅迫めいているのだが、さらに追い討ちがかかる。
「最近、特に身に覚えありませんか」
 特に、というのは何だよ。抛っておきたまえよ。
 こんなサイトもあった。
「絶対に間違わない墓地の選び方」
 どこかで聞いたような題名であるが、しかしまあそれなりに興味を惹くのも事実である。
「絶対に間違わない基地の選び方」
 だったらちょっと違う気がするし、
「絶対に間違わないポチの選び方」
 ならかなりどうかしているので、これはこれでよいのだろう。
 このサイトでは墓の選び方をいくつかのポイントにわけて説明してある。たとえばこうである。
「宗教はここでいいのか」
 何やらものすごい問題を提起しているような見出しである。吃驚して内容を見ると、要するに真言宗の人なら真言宗の墓を選ぼうとかそういうあれであった。
 このサイトにはこんなコーナーもある。
「墓地に関する最新情報」
 そんなものがあるのか、と思い読んでみると、
「墓地経営の悪化」
「高過ぎる川崎市営墓地」
 などの見出しが並んでいる。なるほど、あるところにはあるのだなあ。
 こんなコーナーもあった。
「墓とは何か」
 すごい題名である。英語にするとホワット・イズ・ハカである。違うけど。
 こんな文章が眼に入った。
「新しい墓地、一人一人で入る『個人墓』。夫婦で入る『夫婦墓』。大勢で入る『合祀墓』。また、跡継ぎを必要としない『永代供養墓』。また、散骨等。これらに共通しているのは、家の否定です」
 大勢で入るというのがよくわからないが、ようするに墓の世界でも核家族化が進んでいるということか。
 そのあとにこう書いてある。
「ある人が『死は、そして葬儀は、その人が最期にくれる贈り物だから、大切に頂戴して、味わいなさい』と言っていました。死とは、本来、誕生と同じくらい大切で、感動的な、歓びに充ちたもののはずなのです」
 ハイデガーとか「存在と時間」とかそういうあれだろうか。前半は「お米には八十八の手間がかかっているから大切に味わいなさい」という言葉とそっくりである。そっくりだから何だと言われると困るけれど。
 それから、こんなサイトも見つけた。
「多磨霊園に眠る著名人たち」
 多磨霊園が運営しているのかと思ったら、そうではなく霊園の近くに住む人が趣味でやっているページのようである。なんでも、他の人がやらないページを作りたかったようで、これが素晴らしい内容になっている。
 中にこんなコーナーがある。
「第1回お墓参りツアー報告」
 ただのお墓参りではない。ツアーなのだ。何だかすごそうだが、実際にすごいことになっていた。何がすごいと言って、巡った墓がすごいのだ。
 岡本一平、岡本かの子、岡本太郎、北原白秋、有島武郎、長谷川町子、ディック・ミネ、三島由紀夫、与謝野鉄幹、与謝野晶子、菊池寛、中山晋平、石坂洋次、亀井勝一郎、美濃部達吉、美濃部亮吉、江戸川乱歩、横光利一、舟橋聖一、徳富蘇峰、大岡昇平、濱口庫之助、山本五十六、東郷平八郎、高橋是清、児玉源太郎、上原謙。
 これだけの有名人が実際に一堂に会することなど不可能である。これは墓ならではの醍醐味ではなかろうか。すごいぞ、墓。ナイス、墓。墓、最高。
 さらに、このサイトには掲示板もあり、墓に興味がある人が集っているのだった。
「将来的には『墓』についての本を出したいと思います」
「お墓コーディネーターを目指しています」
 お墓コーディネーターとはいったい何だろう。「墓はアートだ」とか「墓は爆発だ」とか「墓は俺たちの舞台だ」とかそういうことなのだろうか。
「墓石に○○家とか入れるのではなく、素敵な文字を彫りたいのです。誰かよいアイデアを授けて下さい」
 墓に「素敵な文字」を彫りたいというのもちょっとどうかしていると思うが、「素敵な文字」とはどんなものなのだろう。
「友情」
「根性」
 そういうものなのだろうか。
 あるいは、
「ロマン」
「ポエム」
 なのかもしれない。
 かといって、
「夜露死苦」
「挑戦状」
「山田家之墓ターボ」
 ではとても問題だと思う。
 とにかく、今回は墓のことを調べようとあれこれ見てまわったのだが、かなりはかばかしい収穫があったように感じる。
 結局、駄洒落で締めるのかよ。
 なんと私は浅はかなんだ。って。あああっ。


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1999/06/18
文責:keith中村
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