第23回 どっちだ


 世間ではサッカーが大変だったらしい。私の休日は日曜と月曜なのだが、サッカーが大変だったということは火曜日に仕事場にいってようやく知った。ちなみに大変だったといえばエジプトでもテロで大変だったらしいのだが、これも仕事場で知った。職場の人々は、「サッカーがどうなったか知ってますか」などと不思議な笑みを浮かべて聞いてくるのだが、サッカーがどうなったか、というのはそもそも質問としては非常に曖昧ではないのか。だいたいサッカーというものは、何かになるものなのであろうか。私とて、もっと常識的な質問になら誠意をもって答えられる。
「恐竜がどうなったか知ってますか」「ネメシスか便秘か氷河期かあるいはそれらのすべてによって絶滅したのだ」
「金太郎がどうなったか知ってますか」「坂田公時となったのだ」
「義経がどうなったか知ってますか」「中国に渡って成吉思汗となったのだ」
「市原悦子がどうなったか知ってますか」「アマゾンに渡ってラテン系になったのだ」
 それが質問と回答というものではないか。サッカーがどうなったか、という質問は成り立たない。などと頭の中で考えていると「ああ。やっぱり知らないんだ」などと言い出すのである。「日本は出れるのか駄目だったか、どっちか解りますか」。出る、とは何に出るのだ。私はプライドだけは高いので「知らない」「分らない」とは絶対に言わない。かわりにこういった。
「あ。ごめん。まだ食べたことがない」
 彼はその言葉をあっさり無視して「出れるんですよ」。
「ああ。そうか、出られるだな」
「ええ。これで出れるんです」
「なるほど。出られるのかあ」
「ええ、出れます」
 なかなか頑固な奴である。そして私も頑固だ。
 あまつさえ「今、日本でこれ知らなかったら非国民ですよ」などと言い出す。「非国民とは穏やかでない」「いやほんと。視聴率が最高で五十七パーセントだったんですが、これは橋本首相の支持率を越えてます。だから、首相を知らない以上の非国民です」
 です、などと断定されてしまった。自身でダメ人間を標榜しているうえ、非国民呼ばわりされるのもちょっとあれだが、こやつも国語的非国民である。まあ、非国民だろうがホーチミンだろうが、ムーミンだろうが、僧旻だろうが、勝手に呼んでおきたまえ。
 これでも、昔に比べたらサッカーのことは解るようになったほうだ。UAEというのが何やら強敵であることも知っている。UAEというのは Unrecoverable Application Error 即ち「修復不能なアプリケーションエラー」のことだろうから、そりゃ強敵だろう。マックでいうと爆弾である。すみやかに再起動するのがよろしい。それはともかく、出られるということはわかった。あと、問題は何に出るのかだ。何なんだろうな。
 断片だけの情報はよくない。戦時下などの非常事態では恐慌や暴動すら招きかねないのだ。ちょっと話は逸れるが、学生のころニュースで「犯人はバールのようなものでシャッターをこじあけ」などと報じられるたび、「なるほど、泥棒なのだな。それはわかった。だが『バールのようなもの』とは何だ。その情報をくれ」とか、「ああ。今月ももう金がない。死ぬ」「こうなりゃ、銀行のキャッシュディスペンサーでも狙うしかないな」「うん、そうだな。それにはまず『バールのようなもの』が必要だな」「銀行襲うならやっぱり『バールのようなもの』で決まりだもんね」などと言っていたものだが、そうこうする内に清水義範氏がそのものずばり「バールのようなもの」という作品集を出してしまった。はやいとこ商標登録しておくんだった。
 話を戻る。とにかく何に出られるのか、知っている人があれば是非メールください。
 それはおいておくとしても、世の中には二種類のものごとしかない。許されることと許されないことだ。しかし世間には許されないことが半ば容認された形で存在し、誰もそれを断罪せぬというまことに憂うべき事柄が多々見られるのも事実である。かかる優柔不断な社会であるからこそファシズムやら猫避けペットボトルなどの擡頭を未然に防ぐことができなかったのである。
 実は本日、私は許されざるものがなぜか弾劾をも受けずに安寧にのほほんと存在している現場に遭遇してしまったのである。場所はあろうことかあるまじきことかはたまた穿山甲か、コンビニエンスストアの一劃である。
 弁当の棚からふと脇に眼を遣った、そこにそいつはいた。巷がサッカー一色にそまっているとき、そいつはひっそりとしかし着々実々と世間に顕在化しつつあったのだ。
「アンパンマンのチョコレートパン」
 にこにこ笑い顔のアンパンマンを象ったパンである。
 私も一応の良識と分別と思慮と常識をある程度は持ち合わせた人間だ。爪の先程の瑣末なものごとをとりあげて兎や角はいうまい。
 アンパンマンのシャンプーは許そう。アンパンマンのサンダルも許そう。アンパンマンのお弁当箱も、まあ許そう。アンパンマンのふりかけを認めるのにもやぶさかではない。さりながら、アンパンマンのチョコレートパンとはいったいどういう了見か。
 アンパンマンよ、お前も人の子だろう。違うか。まあよい。ジャムおじさんという立派な養父がいる身ではないか。しかもお前は正義の味方ではないか。アンパンマンよ、お前にアンパンとしての矜恃はないのか。おまえのアイデンティティはアンパンにあらずして那辺にあるというのだ。かつて中国には羊の頭を看板に用いながら犬の肉を食わせる店があったと聞く。ドイツには子供の肉を売る肉屋があったとも仄聞している。アンパンマンのチョコレートパン。それではまるで蝙蝠ではないか。始祖鳥ではないか。ミドリムシではないか。
 私は、そいつに対峙したまま、思わず呟いた。
「どっちなんだよ」


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1997/11/19
文責:keith中村
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