第227回 ほのぼの


 どうにも苦手な人種というのがいる。
 これはまあ私がいい加減で不健康な性格をしているせいだろうけれど、私がどうにも苦手でしようがないのはこれである。
「ほのぼのしている人」
 ほのぼのしている人はほのぼのしているのである。どうしたことか、ほのぼのしているのである。
 ほのぼのしている人はほのぼのした笑い話を好む。
「太郎兄ちゃんはいくつ」
「僕は十歳だ」
「じゃあ、僕は七つだから、四年たったら僕のほうがお兄ちゃんになるんだね」
「ぎゃふん」
 ほのぼのした人はこういう話が大好きである。いかにもほのぼのした笑みを浮かべて「ふふふふ」などと笑うのだ。
「四年たったら僕のほうがお兄ちゃんか。こりゃよかった」
 無意味に反芻して味わったりする。用心しないと、十五分ほど経ってからもまだ言ってたりする。
「お兄ちゃんか。こりゃ傑作だ。まったく」
 こういうほのぼのした人は一般の人間にかなりの数が紛れて生活しているのではなかろうかと思う。
 私はどうにもこういった類の人間が苦手でしょうがない。
「あんまり天気がいいんで河原を散歩してきました」
 ほのぼのした人はそう言いながらスーパーのビニル袋いっぱいに詰めた土筆を手に現れたりする。
「やあ。すっかり夏色の風が吹いてるねえ」
 このように、ほのぼのした人はへっぽこ詩人であることも多い。
 私は不思議に思うのだが、ほのぼのした人はいったいどうやって生計をたてているのだろう。この過酷な現代社会において彼らが口に糊する手段は何なのだろう。たとえば、株の仲買人とか、鰹の一本釣りとか、そういった厳しい職業にはついていそうにない。
「ほのぼのした消防隊の人」
 そういう人はいないんじゃないかと思う。
「や。燃えてますねえ。燃えてます。でもね、ご主人。くじけちゃいけない。きっといいことがありますよ。ほら、吾木香が咲いている」
 言ってる暇に消火活動にあたりなさい。
 あるいは、こういう人もいないだろう。
「ほのぼのした殺し屋の人」
「や。や。や。ども。どもども。こんにちは。実はですねえ、あなたを殺しに参りました。ども。いやだな。逃げないでくださいよ。あっ。小猫がいます。あんなところに可愛い小猫が。猫ちゃん、猫ちゃん、こっちへおいで。ああ。可愛いねえ。可愛いねえ。ほら、あなたもご覧なさい。可愛いですねえ。猫ちゃん、おじさんお仕事あるから、ちょっとここで待っててねえ。では、失礼します。ばきゅん。ああ。猫ちゃん。恐かったかなあ。ごめんね。おじさん、お仕事だから」
 どうにも具合が悪い。
「ほのぼのした頑固な職人の人」
「ほのぼのした首狩り族の人」
「ほのぼのした追い剥ぎバーの人」
「ほのぼのした連続婦女暴行犯の人」
 なんとなくまずい気がする。
 やはりほのぼのした人は、片田舎でひっそり農業を営んで晴耕雨読を決め込んだり、地方公務員で短歌を詠むのが趣味であったりするのだろう。
 ほのぼのした人は、たいていにこにこしている。朗らかで陽気である。
 だが、時折ほのぼのした人だって泣いていることがある。どうしたことかと思ってみると、「一杯のかけ蕎麦」などを読んでいたりするのだから、油断ならない。
 しかし、私がもっと苦手とするものも実はあるのだ。
 それが、これだ。
「ほのぼのした家族」
 何ということだ。家族でほのぼのしているのだ。父も母も兄も妹もほのぼのしているのだ。そんなことが許されてよいのだろうか。
「ねえ、母さん。『おおふく』ってなあに」
「何かしら」
「この本のここに書いてあるんだけど」
「どれどれ。んまあっ。くすくすくす。これ、『だいふく』よ。くすくす」
「あっ。そっかあ。てへっ」
「くすくすくす。もうこの子ったら。ねえ、あなた。あなたあ」
「どうした」
「この子ったらねえ。大福のことを『おおふく』だなんて」
「わは。わははははは。おおふくか。こいつはいいや。わははは」
「んもう、父さんまで」
「ねー、みんなどしたの」
「あのね。この子が大福のことを『おおふく』て読んだのよ」
「うひゃひゃ。おおふく、かあ。うひゃひゃひゃ」
「ん、もう。お兄ちゃんまで。ぷりぷり」
「おおふくは良かったなあ」
「てへへっ。ぺろっ」
 何がおもしろいんだかさっぱり判らないことで、小一時間も大笑いが続くのである。しかも、それ以降、妹の仇名は「おおふく」になったのであった。てへへ、じゃないだろう。
 ほのぼのした家族はとんでもないものである。恐るべし、ほのぼの一家。
 だがしかし。それでもほのぼのした家族など霞んでしまうくらい困ったものもこの世の中には存在する。上には上がいるのだ。
「ほのぼのした親戚一同」
「ほのぼのした人五百人の団体さん」
「ほのぼの市」
 ほのぼの。並み大抵ではない。


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1999/05/17
文責:keith中村
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