第225回 俳句


「よう。居てるか」
「ああ。ども」
「いま暇か」
「ま、用事あるわけやないですが」
「実はな。見て欲しいもんが」
「洗剤やったら買いません」
「まだ何も言うてへんがな」
「洗剤やったら買いませんから」
「わかったわかった。ええねん。もう、あれ、やめた」
「あ、そうですのん」
「うん。やっぱ俺には向いてへんわ」
「ふむ」
「で、やな。今日はこれ見てもらおうと思て」
「何ですか、このノート。なあんかごちゃごちゃ書いてはりますな。ええと。『押したらどないか成るんか』、『言うてる尻から鼻血出た』、『針でも弾でもええやんけ』。……何ですか、これ」
「俺なあ。芸術に眼醒めてん」
「ふむ」
「判るか。芸術に眼醒めたんや」
「ふむ」
「芸術や」
「ふむ」
「……。おらおらー。芸術げいじゅつ。うらー」
「何を叫んではるんです」
「お前なあ。人が芸術に眼醒めたいうてんねんから、もっと何かこう、あるやろ。ふむ、やなしに」
「ふむ」
「ああ。苛々する。何かこの気の聞いた返事はでけんのか。うわあっ、芸術ですかあっ。ははあっ。……とか、そういうあれが」
「うわあっ、芸術ですかあっ。ははあっ」
「遅いちうねん」
「で、どんな芸術ですか」
「見てわからんか。このノートや」
「コクヨですなあ」
「ぼけ。中身や。この一連の素晴らしき芸術を見ろ」
「『足りひんから柿の種返す』……ふうむ。何でしょう」
「これはやな。自由律俳句や」
「ふうん」
「知らんか、自由律俳句」
「いや。放哉とか山頭火とかでしょ」
「おお。学あるなあ。それや。その自由律俳句や」
「なるほどなあ。『押したらどないか成るんか』ってどういう句です」
「それはやな、スーパーで鮭の切り身を指で押してたおばはんを見て思い付いた。あれ、変やで」
「……。じゃ、『言うてる尻から鼻血出た』は」
「それな。うちの餓鬼がチョコレート嬉っそうにばくばく喰とったから、あんまり喰たら鼻血出るぞ、言うたってん。そしたら言わんこっちゃない。鼻血だぼだぼや。しかも自分で吃驚して泣きよった。あはははは」
「『針でも弾でも』言うのは」
「それなあ。こないだ会社で議論になっとってん」
「何がですか」
「ホチキスのあれ、針が正しいんか弾が正しいんか」
「あれは、芯でしょ」
「阿呆。何でもええやんけ。そういう超越した境地の句や」
「芯やと思うけどなあ」
「どうでもええちうねん。そんな些細なことに拘泥する人間の悲しい性を嗤った句や」
「『足りひんから』は何ですか」
「こないだな、コンビニ行ってんけどな。レジで金払うときに、金が足りひんかってな」
「で、柿の種をなかったことにしてもらったんですね」
「そうや。なんか悲しうて切なあて情けなあいもんやったぞ。その寂寞を表現してみたんや」
「自由律俳句て、そういうもんやったかなあ」
「お前、人の芸術に吝嗇つけるんか」
「あわわわ。そういうんやないんです」
「もっと読んでみろ。素晴らしいんやから」
「『貼るとどうなるかが恐い』」
「うちに両面テープがあってな。それの箱にある注意書に『人体に直接貼らないでください』言うて書いてあってな。それ読んでなんか無性に恐い気持ちがしたんや」
「『変な知りあいがいるのだ』」
「会社で同僚と話してたら、『今度魚の知りあいに聞いておく』言うたんや。変な知りあいやと思たんやけど、実は『長野の知りあい』の聞き間違いやった」
「『怒ると膨らむから面白い』」
「うちの嫁はん、怒ったらな。鼻の穴がぶわあ膨らむねん。そら凄いぞ。めっちゃおもろい」
「『ほんまに問題はないんか』」
「烏龍茶のボトル買うたら、『成分が沈殿することがありますが品質には問題ありません』て書いてあるねん」
「『誰に話しとるねんお前は』」
「こないだ駅でおっさん二人が話しとったんやけど、一人が便所に立ったのにもうひとりのおっさん気づかんと喋り続けとるねん。阿呆やで、あれ」
「『聞きたかったがトンネル』」
「高速乗っててな、ラジオでズンドコ節がかかってん。凄く聞きたかったのにトンネルに入ったから聞こえへんなってもた」
「『目が乾くし気持ちが悪い』」
「うちの餓鬼、寝とるのに目ぇ開いとんねん」
「……」
「どないしてん。もう読まへんのか」
「いやあ。ぼく芸術弱いんで、かなりお腹いっぱいですわ」
「そうかあ。ほな、このノート置いていくからまた感想きかせてくれ」
「わっわっわっ。いやいや。こんな大切なもの借りるわけにはいきませんっ」
「ええよ、別に」
「いや。遠慮しときます」
「……お前、ほんまはかなり嫌がってるやろ」
「いえいえいえいえ。そんなことはありませんっ」
「ほんまか」
「はいっ」
「ほんまやなっ」
「はいっ。そうですっ」
「本当かっ(山頭火)」
「そう。はい(放哉)」
「……苦しいな」
「……ええ。やや」


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1999/05/14
文責:keith中村
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