第222回 我々は操られているのだ


 人間は棒によって規定される。棒は人を操るのだ。
 太古、我々の祖先は道具を覚えた。棒というのはその中でもかなり早期に発見されたものであろう。「2001年宇宙の旅」では人類が初めて使った道具は動物の骨すなわち棒であった。人類は棒とともに歩んできたといっても過言ではない。人類は棒を使うことから始めて竟にこの文明を築いた。棒は人間の証明であるといってもよさそうだ。
 だが、本当はそうではないとしたら。
 どうしたことか人間は棒に使われるのである。道具である筈の棒の方が実は人間を操っているのだ。
 妖刀村正というのがある。持つと人が斬りたくなってしまうという魔性の刀である。それを手にした者は催眠術にかかったように刀に操られ人を殺めるのである。だが、何もそんな大袈裟な例を持ち出すまでもない。そこいらにあるただの棒にさえ人は操られるのである。
 試しに子供に棒を持たせてみればよい。
 子供は棒を振り回す。
 間違いなく振り回す。
 もし複数の子供それぞれに棒を与えると、彼らはぽかぽかと互いを殴りあうことに興じるのだ。
 こればかりは「うちの子に限って」は通用しない。普段どんなにおとなしい子供も例外ではない。行儀のよい真面目な優等生までもが棒を握りしめた途端、原始人に戻ってしまうのだ。しかも悪いことに子供は棒状のものに触れる機会が滅多矢鱈と多い。登下校時ランドセルからはみ出した十露盤に縦笛、一尺の物差しあるいは丸めた防火ポスター。ちょっと眼を離すともう振り回しているのだ。いったいそれらを振り回すことにどんな意味があるというのだ。
 小学校の卒業式、次から君たちは中学生のおにいさんおねえさんだよ、という段になってもこの癖はちっとも治らない。それゆえ小学校の教師が巣立ってゆく卒業生にかける最後の言葉があろうことか「卒業証書の竹筒を振り回しながら帰ってはいけません」などということになってしまうのだ。
 大人だって同じことである。棒を振り回すことが大好きな我々が野球やゴルフというスポーツを発明し、オーケストラの指揮者という職業をでっちあげたのだ。更にはゴルフについて言えば芝生の上だけでは飽き足らず、たとえば傘を持ったら傘を持ったで、駅のホームだろうがバス停だろうが、振り回す振り回す。そりゃもうぶうんぶん振り回すのであった。
 どうしてそんなことになってしまうのか。
 私にはどう考えても棒がそう仕向けているとしか思えないのだ。
 リチャード・ドーキンスによるとある種の寄生生物はその宿主を都合のよいように操るのだそうだ。蝦を中間宿主、鳥を最終宿主とする寄生虫は時期が到来すると蝦に水面附近を泳がせ、鳥に食べられやすく仕向ける。
 つまり我々がついつい棒を振り回してしまうという不可解な行為は、棒が寄生生物であると考えると納得しやするなる。棒が棒の利益とすべく我々が棒を振り回すよう操っているのだ。
 もちろん棒は生物ではないとの指摘もあろう。そのような無生物が我々に対して恣意的な行動をとれようはずがあろうか、と。私はそういうあなたの無知を嘆く。蒙昧を憐れむ。蒙昧スパゲティ。よろしいか。ウィルスという生命体が発見されて以来、原形質を主とした細胞で構成され代謝をおこなう有機物が生物である、などという古典的価値観は通用しなくなっているのではなかったか。現代科学では生物と無生物の間に厳然たる境界などひけるはずもないのだ。つまり棒が無生物だなどと誰が言い切れりょか。
 だが、では棒が我々を操っているとして奴らの目論見はいったい何だ。我々に棒を振らしめることでどのような利が棒に発生するのだろう。ここで思い出すのが植物である。虫媒花と呼ばれる種類の植物はわざと美味なる蜜を生成することで昆虫を呼び寄せ、その足に花粉を付着させて受粉を企てる。甘い液果を実らせることで動物に食べられやすくして、遠方まで種子を運ばせる植物も多い。棒の画策もこれと同じだとしたら。つまり棒を振り回すことでその花粉を遠くまで撒き散らそうとしているのならば。これはかなり現代生物学のパラダイムに沿った仮説ではあるが、残念ながら棒から花粉は出ない。
 では、他にどのような仮説が考えられるだろう。
 実はもうひとつ仮説を思い付いたのだが、残念ながらここではそれを証明するゆとりがない。棒のことばかり考えて一生を棒に振るわけにはいかぬのだ。よって私はここまでの考察を提示するのみにし、後はもっと若き研究者へ委ねたいと思う。願わくはこの謎を解き明かしてくれる若き才能の来らんことを。

「お前なあ」
「はい、先生」
「俺はお前が箒をぶんまわして蛍光灯を割ったことの反省文を書けって言わなかったか」
「あの。ですから、それは箒が僕を操って」
「おいこら。なめとんか」
「いてててててて。耳はやめてください。耳は」


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1999/04/26
文責:keith中村
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