第217回 守護聖人


 守護聖人というのがあるのだそうだ。キリスト教の話である。
 キリスト教でいう聖人とはたとえば宗教的に迫害を受けた殉教者などがそうなるのだが、それら聖人のなかに守護聖人という分類があるらしい。
 これは我が国でいう、恵比須は大漁の守り神、菅公は学問の神様、というやつに近い概念なのかもしれない。だが日本のそれと違うところは、たとえば天神さんなら学問成就を願うあまねくすべての者がその加護ないしは御利益にあずかる可能性を持っているのだが、守護聖人の場合そうではなく特定の職業にのみ付くのだ。
 一例をあげると、鍛冶屋の守護聖人はダンスタンという人であるという。十分な資料がないので、いったい何をした人なのか判らないのだが、ダンスタンというのは金属職工であったようでそれにちなんでいる。ローマカトリック教会の定義によると聖人になるためには最低四つの奇蹟をおこなっていなければならぬらしいので、職工ということしか判らぬこのダンスタンだって何か奇蹟をおこなったのだろう。
 大工の守護聖人はヨゼフという人らしい。私の勉強不足で、どんな人か判らないのだが、大工でヨゼフというとやはりあれだろう。だがあのヨゼフなら単にキリストの父親それも正確には義父というか養父というかそういう立場であるのみで、彼が何らかの奇蹟をおこなったという事実を私は寡聞にして知らない。先に書いたように最低四つの奇蹟をおこなっていないと聖人にはなれぬものらしいのだが、もしかしたらヨゼフはキリストの父ということで例外的に名誉会員的にがんばったで賞的に聖人に格上げしてもらったのかもしれない。
 法律家の守護聖人はトマス・モアである。このトマス・モアは恐らくあの「ユートピア」を書いたことで有名な、あるいは「ユートピア」を書いたことだけが有名なモアであろう。知らないが、やはりこの人も四つの奇蹟をおこなったのだろう。
 まあ要するに、同じような職業についていた聖人がその職業の守り神になるということのようだ。
 と思ったのだが、あれこれ調べてゆくと必ずしもそうではないことが判った。
 たとえば飛行士にもちゃんと守護聖人がついているのだ。この聖人、コパーティーノのヨゼフという。航空機の発明そのものがオットー・リリエンタールやライト兄弟から算えてもせいぜい一世紀しかたっていないものであるし、職業としての飛行士の歴史となるとそれより更に浅くなるわけで、守護聖人の昔にはそんな職業はなかったはずだが、ではこのヨゼフはどんな人だったかというと、空中に浮揚したのだそうだ。やっと何となく奇蹟らしいものが出てきた。しかし、空中浮揚したから飛行士の守護というのはちょっとこじつけのような気もする。
 もっと強引なこじつけもある。タクシーの運転手の守護聖人はフィアクルというが、これはパリの「オテル・ド・フィアクル」というホテルで初めて乗り合い馬車が使われたためそうなったのだそうだ。このホテルの名の「フィアクル」はたしかに聖人にちなんだものかもしれないが、しかし聖人のフィアクル自体は馬車ともタクシーとも関係がないわけで、かなり無理矢理な由来である。
 だがこれらはまだおとなしい例である。もっと無茶なものもあるのだ。
 料理人の守護聖人はローレンスという。由来は次の通りである。
「ローレンスは火焙りの刑にされた」
 たしかに料理人は火を扱う頻度が高いわけだが、それとこれとはちっとも関係がないではないか。
 あるいは、石工の守護聖人はステファノであるが、これは以下の事実にちなんでいる。
「ステファノは投石によって殺された」
 ものすごいことになっている。そんな事実にちなむな。
 そもそも投石で殺されたなら石に対して恨みをもっているのではなかろうか。もしくは、石が苦手なのではなかろうか。にもかかわらず石工の守護聖人なのだ。どういう仕組みなのであろうか。
 ところで、火焙りというのは中世ではかなり普遍的な処刑であったわけで、それで殉教した聖人も多いのだが、やはり火焙りにあったアガタという守護聖人がいる。この人は消防士の守護をやっている。火焙りで死んだということは火に弱いわけで、そんなやつを守護聖人にしても大丈夫なのだろうか。余計にめらめらとかぼうぼうとかそういうあれにはならないのだろうか、ちょっと心配である。
 アポロニアというのが歯医者の守護聖人である。由来は、こうだ。
「アポロニアは歯を痛めつけられて殉死した」
 歯医者のくせに、そんな人を守護聖人にしたら駄目じゃないか。
 秘書という職業にもやはり守護聖人がいる。カシアンというのがそれで、理由は、
「カシアンはペン先で刺し殺された」
 だからそういう奴を守護聖人にしてはいかんとさっきから言っておるだろう。聞かん奴だな、まったく。
 しかしまあ思えば日本でも、柿本人丸(人麿呂)を「ひとまる」即ち「火止まる」として防火の守り神にしている例もあるわけだからあまり人様のことを偉そうに言えないかもしれぬ。
 それにしても歯を痛めつけられて殉死するというのは、よく判らないがちょっとかなり厭だぞ。


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1999/04/14
文責:keith中村
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