第211回 異星の客


 未確認飛行物体いわゆるUFOあるいは宇宙人というものに対する世間の誤解や偏見にはかなり根強いものがある。
 捕らえられた宇宙人として有名なのがいわゆるグレイという種類のものであり、これは実は宇宙人そのものではなく宇宙人がつくった人造人間である。一般にグレイという名称はその肌の色からつけられたと思われているが、ほんとうはどうやらあの生物の鳴き声が「ぐれー」と聞こえたかららしい。つまり鳴き声からの命名であり、鳥でいうと仏法僧、魚でいうとギギのようなものである。この「ぐれー」というのが言語と呼べる水準のものなのか、それとも単なる音声に過ぎないのかははっきりとわかっていないが、フランス国立科学研究庁のジャン・ピエール・プチ博士はレティクル語で「虹」という意味ではないかと述べている。
 一部の科学万能主義者には宇宙人の存在やその可能性を否定するものもあるようだが、現実に宇宙人に遭遇したという報告はかなりの数にのぼる。
 最近、日本にも宇宙人が現われたとして話題になったことがある。一九九七年九月、京都府舞鶴市で釣りをしていた鳥羽聡くん(当時十一歳)の前に全身緑色の人間が現われた事件である。緑色のその生物は鳥羽くんに「スモートロ。スモートロ」と言いながら近寄ってきた。仰天した鳥羽くんが釣竿もそのままに逃げ出そうとすると、今度は「キウリクレ、キウリクレ」と言いながら走ってきたという。鳥羽くんの叫び声を聞いて近所の民家の人が駆けつけたときにはすでにその緑色の生物はいなくなっていたのだそうだ。日本の宇宙人研究の一人者として知られる東京理科大の吉田教授は、これをプレアデス星人であると断定しており、懐疑派の中には「河童ではないのか」とこれを反駁するものもあるが、教授は「何を非科学的な」と一笑に付している。また、そもそもこれは鳥羽少年の虚言ではないのかとする意見もあり、文藝春秋が取材に赴き鳥羽くんの両親にコメントを求めたところ、両親は「宇宙人に出会ったあの子の気持ちを大切にしたい」と言うのみで頑強に取材を拒否した。
 宇宙人はかなり古くから地球にやってきており、たとえば民話や昔話にはそうではないかと見られるものもある。「花咲か爺さん」にはポチという犬が登場するが、このポチにはダウジングらしき能力があり、さらにはその死体の灰によって急激な速度で植物の開花が促成されるという不思議な現象も発生しているので、これを地球外生物ではないかとする意見もある。犬型の宇宙人だというのだ。
 なお、童謡「花咲か爺さん」には「正直爺さん掘ったらば」という一節があるが、ヘブライ大学の日本学者ベン・アミー・シロニー教授は「ホッタラバ」は古代ヘブライ語で「祝福すべき転生」を意味する「フォッタ・ラ・ヴァ」であると主張している。氏は日本の民話に造詣が深く、他にも「浦島太郎」の「帰ってみればこはいかに」を「コッパ・イ・クァーニ」(「いったいどうしたことだ」)、「兎と亀」の「何を仰っしゃる兎さん」を「ヌ・アニ・ウォーシャル」(「何ということを言うのだ」)、「桃太郎」の「お腰につけたきび団子」を「アクヮ・シン・トゥキータ」(古代イスラエルで用いられたイネ科の植物から作る非常食)ではないかと見ている。「兎と亀」は日本の民話ではないように思うが、兎に角教授はそう主張している。
 現在の社会には相当数の宇宙人がそうと知られずに紛れ込んでいるとも言われる。もしかしたら隣りのご主人やあなたの上司が宇宙人であるかもしれないのだ。宇宙人かそうでないかを見分けるのにはいく通りかの方法が考案されている。
 ひとつには出し抜けに被験者に対して「出掛けぅときはぁ」と言ってみる方法である。地球人なら「忘ぅえずにぃ」と即答できるが、宇宙人は咽喉のつくりが異なっているためうまく言えないのだ。考案者である防衛大学の北教授はこの方法の精度を八七パーセントであるとしている。ただしこの方法にも欠点はあり、被験者が言葉に不自由であったばあいには宇宙人だと判定されてしまう。
 マサチューセッツ工科大学のエルンスト・ズンデル博士は、別の方法を主張する。被験者に「一円五十銭」と発音させるのである。やはり宇宙人ならば正しく発音できないようで、中には「ウチウヂン、ウチウヂンて、パカするな。オナチ飯喰てとこチカウ」と逆上する宇宙人もいるようだ。しかし、現代ではこの方法はいささか危険であるので次第に廃れているとも聞く。
 トランシルバニア大学のジョナサン・ハーカー博士の方法はもっと過激であり、胸に杭を打ちこんだときに体が崩れて灰になるのが宇宙人であるとするものである。あるいは火焙りにして死ななければ宇宙人であるという判断もあるようでだ。
 フランス滞在歴の長い佐川教授によると、食べてみてまずければ宇宙人であるとのことであるが、これもやはりなかなか実用的ではない方法か。
 他にも民間伝承として用いられているものに、やたら元気のいい人間が宇宙人である、とするものがある。ようするに「威勢」がよいということである。
 そろそろ紙面がつきたので筆を擱くことにする。悔やまれるのは結局大喜利のような落ちになってしまったことである。持ってけ座布団。


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1999/03/30
文責:keith中村
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