第210回 贋作・名人伝


 邯鄲の都に住む町雄という男が、天下一のギター名人になろうと志を立てた。己の師と頼むべき人物を物色するに、当今ギターをとっては名手陪に及ぶ者があろうとは思われぬ。町雄ははるばる陪をたずねてその門に入った。
 陪は新入の門人に、先ずすっぱい顔を学べと命じた。ギターを弾くとき、ことにチョーキングにおいてすっぱい顔は不可欠であるがゆえである。町雄は家に帰り、妻にありったけの梅干しを買い込んでくるよう言いつけた。梅干しがきた。町雄は梅干しをひとつ口に入れてみた。口がちゅう、となる。だがはたして自分が正しくすっぱい顔になっているかどうか判然としない。町雄は妻に梅干しを食べてすっぱい顔をしてみるよう促した。妻の表情で研究しようという工夫である。理由を知らない妻は大いに驚いた。第一、妙な顔を良人に見られては恥ずかしいという。厭がる妻を町雄は叱りつけて、無理にすっぱい顔をさせた。なるほどこれがすっぱい顔か、と彼は納得しかけたがふと思い付いて妻に、今度は痛い顔をしてみろ、と命じた。妻が痛い顔をした。だが町雄には妻のすっぱい顔と痛い顔がおなじものにみえた。すっぱい顔と痛い顔ではどこが違うのだ、と問えば妻は、わたしの気持ち、と答えた。それで町雄は妻の協力をあきらめ、ひとりすっぱい顔に励んだ。二年の後、竟に妻が町雄の顔をみただけで条件反射で唾を出すようになるに及んで、彼は漸く自信を得て、師の陪にこれを告げた。
 陪は高蹈して胸を打ち、「出かしたぞ」と褒めた。そうして、直ちにギターの奥儀秘伝を剰すところなく町雄に授け始めた。基礎訓練に二年もかけた甲斐があって町雄の腕前の上達は、驚く程速い。一年を経ずして町雄はあらゆる技法を陪から学びとった。
 最早師から学び取るべき何ものも無くなった町雄は、或日、ふと良からぬ考えを起した。
 今やギターを以て己に敵すべき者は、師の陪をおいて外に無い。天下第一の名人となるためには、どうあっても陪を除かねばならぬ。秘かにその機会を窺っている中に、ある日たまたま四つ辻に於て、向うから唯一人歩み来る陪に出遇った。咄嗟に意を決した町雄がギターを取ってブルースのリフで攻撃をすれば、その気配を察して陪もまたギターを執って相応ずる。さながら勝ち抜きギター合戦である。ひとりが挑戦的なソロを弾けば相手もそれに応ずる。どちらが劣勢になることもなかったのは、両人の技が何れも神に入っていたからであろう。さて、陪のテクニックが尽きた時、町雄の方は尚ひとつを余していた。掟破りのクラシック奏法である。得たりと勢込んで町雄がフレーズを弾きはじめたとき、陪は咄嗟に、「お前はロック魂を忘れたか」と叫んだ。この言葉にはっと我に帰った町雄の心に、道義的慚愧の念が、忽焉として湧起った。陪の方では、又、危機を脱し得た安堵が、敵に対する憎しみをすっかり忘れさせた。二人は互いに駈寄るとひしと相抱いて、暫し美しい師弟愛の涙にかきくれた。(こうした事を今日の道義観を以て見るのは当らない。なにしろ当時は人が虎に化けるわ、人がひとぶたになるわ、机以外の四つ足はすべて口に入れるわ、という凡てそのような時代の話である。何だかよく判らないが)
 涙にくれて相擁しながらも、再び弟子がかかる企みを抱くようなことがあっては甚だ危いと思った陪は、町雄に新たな目標を与えてその気を転ずるに如くはないと考えた。彼はこの危険な弟子に向って言った。最早、伝うべき程のことは悉く伝えた。もしこれ以上この道の蘊奥を極めたいと望むならば、ゆいて西の方、霍山の頂を極めよ。そこには徐村老師という斯道の大家がおられる。老師に比べれば、我々のギターの如きは殆ど児戯に類する、と。
 町雄は直ぐに西に向って旅立つ。その人の前に出ては我々の技の如き児戯にひとしいと言った師の言葉が、彼の自尊心にこたえた。一月の後に彼は漸く目指す山巓に辿りつく。
 気負い立つ町雄を迎えたのは、羊のような柔和な目をした、しかし酷くよぼよぼの爺さんである。大声で町雄は来意を告げる。己が技の程を見て貰いたい旨を述べると、あせり立った彼は相手の返辞をも待たず、いきなり背に負うたテレキャスターを外して手に執った。そうして、ピックをつまむと、クロスロード・ブルースを弾いた。
 一通り出来るようじゃな、と老人が穏かな微笑を含んで言う。だが、それは所詮弾之弾というもの、好漢未だ不弾之弾を知らぬと見える。ムッとした町雄に老人がさらに、ではギターというものを御目にかけようかな、と言った。町雄は直ぐに気が付いて言った。しかし、ギターはどうなさる? ギターは? 老人は素手だったのである。ギター? と老人は笑う。ギターの要る中はまだ弾之弾じゃ。不弾之弾には、ストラトもレスポもいらぬ。そういうと老人は何も持たぬままギターを弾く振りをした。バンドでギターソロのときに乗り乗りになったボーカルがギタリストの横っちょに並んでやるような格好悪いやつである。ところがどうしたことか、何も持たぬ老人のあたりから「天国への階段」が鮮明に聞えるではないか。町雄は慄然とした。今にして始めて芸道の深淵を覗き得た心地であった。
 町雄はこの老名人の許に留まった。その間如何なる修業を積んだものやらそれは誰にも判らぬ。九年たって山を降りて来た時、人々は町雄の顔付の変ったのに驚いた。以前の負けず嫌いな精悍な面魂は影をひそめ、何の表情も無い、木偶の如く愚者の如き容貌に変っている。久しぶりに旧師の陪を訪ねた時、しかし、陪はこの顔付を一見すると感嘆して叫んだ。これでこそ初めて天下の名人だ。我儕の如き、足下にも及ぶものでないと。
 邯鄲の都は、天下一の名人となって戻って来た町雄を迎えて、やがて眼前に示されるに違いないその妙技への期待に湧返った。ところが町雄は一向にその要望に応えようとしない。いや、ギターさえ絶えて手に取ろうとしない。そのわけを訊ねた一人に答えて、町雄は懶げに言った。至為は為す無く、至言は言を去り、至弾は弾くことなしと。成程と、至極物分りのいい邯鄲の都人士は直ぐに合点した。ギターを執らざるギターの名人は彼等の誇となった。町雄がギターに触れなければ触れない程、彼の無敵の評判は愈々喧伝された。
 徐村師の許を辞してから四十年の後、町雄は静かに世を去った。その四十年の間、彼は絶えてギターを口にすることが無かった。口にさえしなかった位だから、ギターを執っての活動などあろう筈が無い。勿論、嘘つきの雑文作者としてはここで老名人に掉尾の大活躍をさせて、名人の真に名人たる所以を明らかにしたいのは山々だが、しかし古書に記された事実を曲げる訳には行かぬ。実際、老後の彼に就いては唯無為にして化したとばかりで、次のような妙な話の外には何一つ伝わっていないのだから。
 その話というのは、彼の死ぬ一二年前のことらしい。或日老いたる町雄が知人の許に招かれて行ったところ、その家で一つの器具を見た。確かに見憶えのある道具だが、どうしてもその名前が思出せぬし、その用途も思い当らない。老人はその家の主人に尋ねた。それは何と呼ぶ品物で、又何に用いるのかと。主人は、客が冗談を言っているとのみ思って、ニヤリととぼけた笑い方をした。三度町雄が真面目な顔をして同じ問を繰返した時、始めて主人の顔に驚愕の色が現れた。彼は客の眼を凝乎と見詰める。相手が冗談を言っているのでもなく、気が狂っているのでもなく、又自分が聞き違えをしているのでもないことを確かめると、彼は殆ど恐怖に近い狼狽を示して、吃りながら叫んだ。
「ああ、夫子が、――古今無双のギターの名人たる夫子が、ギターを忘れ果てられたとや? ああ、ギターという名も、その使い途も!」
 その後当分の間、邯鄲の都では、画家は絵筆を隠し、狩人は弓の絃を断ち、雑文書きは嘘を口にするのを恥じたということである。


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1999/03/26
文責:keith中村
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