第208回 平仮名はよせ


 言葉を間違えて憶えるというのはなかなか恥ずかしいものであり、私がこれまで書き散らした中にも憶え違いをやってしまっているものがあるだろうとは思うのだが、こればっかりは何らかのきっかけがなければずっと気づかずに過ごしてしまうものだからどうしようもない。
 以前知人と話していて「ツンタメーカン」という単語が飛び出した。
「何だ、そのツンタメーカンというのは」
「ほら。ファラオとかそういうやつであるだろ」
「ほう」
「呪いとかのあれだよ」
「それはもしかしてツタンカーメンのことか」
「へ」
「ツタンカーメンだろ」
「そうなの」
「そうなの」
 片仮名の長い単語を耳からでなく、まず眼で覚えた場合にとくにこういう間違いが起こりやすいようで、私も小さな頃「チェコスロバキア」というのを「チェコロスバキア」だと思っていたことがある。「チェコ」と「スロバキア」の連邦制だと知っておればしなかった読み間違いだが、そんなことを知ったのはずっと後のことである。まあ日常そうそう使う単語でもないが、だから今でも「ええと。チェコとスロバキアだから」と一旦頭で考えてからでないと、一気に発音すると「チェコロスバキア」と言ってしまう。
 しかし耳で聞いて覚えれば大丈夫かというとそうでもなく、今度はやはり聞き違いという問題が発生する。
 近ごろ私がよく耳にするのが「クイック」という奴である。
「マウスでこのボタンをクイックする」
 仕事で無理やりコンピュータを使わされている不馴れな人などが言っておるようで、恐らく「素早く二回クリックしてください」というのを「素早く」の印象で聞き間違えてしまったのだろう。
 方言の中には聞き違いが定着してしまったものもあり、たとえば私の田舎では「奢る」ことを「おもる」と発音する。
「大西さんにおもってもらってなあ」
 活用すると「想って」と同じに聞える。この方言が通じる地域以外でうっかり使うと、何だか恋愛関係のような話に聞こえてしまいややこしいことになってしまう。
 高校の頃、社会の教師にオールドミスの女子の人がいた。あるとき、どういう文脈でかは忘れてしまったがその教師が「オラウンターっていうのがいますね」と言った。私が聞き間違えたのかと思っていると、教師は今度は黒板にでかでかと「オラウンター」と書いた。教室がややざわめいた。教師は話を続けている。私は隣席とこそこそ話した。
「おい。オラウンターって何だ」
「うーん。内容から推測するに、どうやら猿の一種のことだな」
「ああ。やっぱりそうか。俺もそう思っていたんだ。やはり猿のあれだな」
「そうみたいだ」
 その教師はある種の猿を「オラウンター」と憶えていたのであった。これは聞き違いと読み違いのどちらが原因でそうなったのか、はっきりしない種類の間違いである。
 うちの近所の和菓子屋には入り口のガラス戸に大きく墨でこう書かれている。
「スイトーポテト」
 いったいどんなポテトなのか一度食べてみたいと考えている。
 ここの店先には飲み物の自動販売機が設置されているのだが、冬場はその機械にやはり墨書きの小さな紙が貼りつけられている。
「あたっかいホトコーヒあります」
 よく判らない飲み物である。
 しかしいちばん困るのは米穀店の軒先である。
「おこめ」
 平仮名はよせ。関西人には刺戟が強い。 


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1999/03/21
文責:keith中村
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