第2回 My first PC


 どこかで見たことのある機械だな、と思ったのが最初のコンマ何秒である。すぐに「それ」が何であるか判った。
 付けられた値札には「九千八百円」とある。

 小学校の頃いわゆる「電子工作」に熱中していた。「初歩のラジオ」「ラジオの製作」の二誌は欠かさず買い、ラジオやらアンプやらを組み立てては喜んだり、ラジオやらラジカセやらを分解しては叱られたりしていた。ちょうど「マイコン」という機械が出始めた頃でもあり、その二誌にも関連記事がぽつりぽつりと掲載されてはじめていた。そのほとんどはプログラミング言語BASICの解説記事であり、コンピュータなどにはまったく触れたことのないぼくも何となく興味を持って記事を読むうち、BASICをそれなりに覚えてしまっていた。ノートにこつこつとプログラムを書き溜めたものである。
 マイコンを持っていないものだから、ノートに書き溜めるのである。これではしかしただの畳水練。やはり本物の「マイコン」とやらを使ってみたい。
 すぐにその機会は訪れた。郷里では町主催の「文化祭」なるものが毎年行われていたのだが、その会場に「無線部」の一室があった。思えば「無線部」などは今で言う「オタク」であるところの魑魅魍魎の跳梁跋扈する人外魔境なのであるが、当時はそんなことに臆することもなく、その展示室に赴いた。

 TK−80BS
 PC−8001
 MZ−80K

 これを読んでいるうちの何人の方がお判りになるだろうか。ともかくその三台が動いていた。ちょうどスペース・インベーダが大ヒットしていた頃であり、PC−8001ではそのクローンが走っていた。
 ぼくは日がなそこに入り浸っていた。直にコンピュータを見たのはそれが初めてだった。しかしずっとゲームが動いているので、自由に触ることができない。文化祭は二日間に亘って開催されていたのだが、二日目ぼくはプログラムを手書きしたノートを携えて再びそこを訪れ、意を決して「無線部」のおじさんに言った。
「あの。プログラムを打ち込ませてください」
 彼はちょっと驚いたようであったが、すぐに1台のマシンを開放し、ぼくを椅子に座らせてくれた。
 ぼくの前にコンピュータがある。ぼくはこれから「ぷろぐらみんぐ」なるものをするのだ。ちょっと手が顫えていたかもしれぬ。
 ともかく、たどたどしいキータッチでぼくは、ひととおりソースを打ち込んだ。

10 R=INT(RND(1)*99)+1
20 INPUT "カズヲアテテクダサイ(1-99) ";X
30 IF X>R THEN PRINT "オオキスギマス":GOTO 20
40 IF X<R THEN PRINT "チイサスギマス":GOTO 20
50 IF X=R THEN PRINT "セイカイデス"
60 END

 と、まあこんな風なものであった。50行の判定はいらんではないかとの声が聞こえてきそうだが、若気の至りである。わははは。笑ってしまうような単純なプログラムである。坊主たちにゃあわからんだろうけど、これは「数当てゲーム」っていうんだよ。おじさんたちはみんな子供の頃はこんなことをしてたんだよ。
 打ち終わって、

  RUN

 とやると、ピーという音と共に画面に「Syntax Error in 10」の表示が。所詮は畳水練、デバッグなどという概念は持ち合わせておらぬもので、ぼくはどうしたものやら困ってしまった。すると、後ろでじっと見ていたおじさんがぼくを立たせ、代わりにコンピュータの前に座った。
 なにやらちょこちょこと打ち変えて、再び走らせるとプログラムはきっちり動いた。当時のBASICには実にさまざまに方言があり、10行目はそのマシンでは、

10 R=RND(99)+1

 としてやる必要があったのだ。おじさんは動作を確認すると更にキーを叩き続けた。しばらくして再度走らせたプログラムでは、入力した数が小さすぎると、いかにも「ちいさいんです」というメロディが、大きすぎると「おおきいぞ」というメロディが、そしてまた正解なら「こりゃどうも、おめでとうさんです」というメロディが奏でられる仕組みが追加されており、更には何回目で正解に到達したかを表示する機能も追加されていた。少々大袈裟ではあるが、ぼくはソフトウェアのバージョンアップというものを垣間見たのである。
 おじさんはその修正版ソースをプリントアウトして、ぼくに持たせてくれた。

 という過去が一瞬のうちに脳裡に去来した。そう。ぼくはソフマップの中古フロアで、無造作に地面に置かれたMZ−80Kの前にいるのだ。
 当時PC−8001とMZ−80の2台は人気、実力ともに伯仲していた。
 PC−8001は、グラフィック160×100ドット、8色表示。サウンドなし。
 MZ−80は、グラフィック80×40ドット、モノクロ。サウンドあり(モノフォニックのBEEPだが)。
 それぞれのユーザーが、自分のマシンの長所、相手のマシンの欠点を声高に論争していたものだ。今から思えばどっちもものすごく原始的なスペックなんだがな。しかしなんだ、今のマックだウィンドウズだというのと変わらんですね、基本的には。
 結局ぼくはその四年後、親に頼み込んでPC−8001を手にすることになる。8001は素晴らしいマシンであった。だが、その後もMZ−80にもずっと憧れていたものだ。それが九千八百円なのである。
 買ってしまおうか。いや、今さらこんなものどうするのだ。買おうか。買うまいか。
 二時間後、ぼくの部屋にはMZ−80があった。ええ。ゴミですよ、ゴミ。いまさらこんなもの買っても何にもできやしません。でも、いいんです。カッコいいんだもん、このデザイン。
 ちなみに、それに比べればまだまだ使用に耐えうるMacintosh II Si (5MB RAM+80MB HDD)を四千八百円で買ったのはそのしばらくあとであるが、それはまた別のお話。


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1997/10/14
文責:keith中村
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