第198回 洗剤的實演


「よう。いてるか」
「あ、どうも久し振りです」
「ちょっとそこまで寄ったもんでな」
「はあ。今何してはりますのん」
「それがやな。前の会社辞めてもてな」
「はあ。何でまた」
「ちょっといろいろあったんや」
「ふうん」
「でやな。今日はお前にこういうものを見せようかと思ってやな」
「何やごちゃごちゃとり出しはりましたな」
「まあな」
「ちょっとそこまで寄ったついでやったんとちゃいますのん」
「そんなんええねん。まあとにかく見なさい。これが何に見える」
「ははあ。ハンカチですな」
「ただのハンカチやと思うか」
「そういう言い方しはるところを見ると何か仕掛けでもありますか」
「そう思うやろ。しかしやな」
「はあ」
「ただのハンカチなんや」
「はあ」
「で、これ何やと思う」
「靴墨ですか」
「そうや」
「これもただの靴墨や。正真正銘何の仕掛けもない、どこに出しても恥ずかしうない靴墨や」
「どこに出すて、ふつうそんなもん下駄箱の中に入れといたらええんちゃいますのん」
「まあそうなんやけどな。今日は特別に持ってきたんや」
「はあ」
「で、やな。これはお前のハンカチや。で、これはお前の靴墨や」
「何いうてますのや。今持ってきはったんですがな。それとも貰えますんか」
「ああ。いつまでたっても愚鈍な奴やなあ。ええか。これがお前のハンカチと靴墨やということにするんや。仮定の話や」
「ああ。仮定ですか」
「そや。仮定なんや。それでやな。この靴墨をこうやってハンカチにやな。えい。うりゃ。えい。うりゃ」
「あああ。そないにねちゃくりつけたら真っ黒ですやん」
「そや。お前のハンカチがこうやって靴墨で真っ黒になったとしようやないか」
「いや。でも、普通そんなんしませんやん。変ですやん」
「ほんまに愚鈍な奴やな、お前。ええか。これは象徴や」
「象徴ですか」
「そうや。象徴や。汚れの象徴なんや。汚れという記号なんや」
「ふうん。何やようわかりませんけど、象徴なんですね」
「そうや。ええか。今お前のハンカチが象徴記号としての汚れでどろどろや」
「はあ」
「ええい。せいのない奴やな。もっと驚いたり困ったりそういうあれはないんか」
「だって、それぼくのハンカチとちゃいますやん」
「せやから、そう仮定したやろ。そういう設定で行ってもらわんとあとの話が困るんや」
「そうですか。判りました。ああ。困った。困った。ぼくのハンカチが記号まみれや。象徴だらけや。ああ、困ったなあ」
「何やしっくり来えへんなあ。まあええわ。で、そんなときお前やったらどうする」
「どうするて、どうもしません。だいいち、ぼく、ハンカチ持ち歩きませんもん」
「お前もいちおう社会人ならそれくらい持ち歩けよ。鳩が豆喰ってぱっ、て言うやろ」
「なんですか」
「ああ。じれったい。まあええわ。ちょっと台所の水道借りるで」
「ありゃあ。何か洗面器に水いっぱい張ってきはった」
「この水にやな、こいつをちょちょちょと入れるんや」
「何ですかそれ」
「これが本日のメインイベントやないかい。超強力洗剤や」
「はあ」
「で、ささっとかき混ぜて、そこへこのハンカチを入れる」
「洗うんですね」
「そや。どうなると思う」
「綺麗になるんでしょ」
「そんなこと聞いてへんわい。洗って余計汚れたらそれはそれでおもろいけど、大変やんけ」
「そうですなあ」
「そうやのうて、どれくらい綺麗になるか、聞いてるねん」
「かなり、ですか」
「大雑把な奴やな。ほれ、できた。見てみ」
「はあ」
「はあ、て。それだけかい。他に何かないんか。どや綺麗やろ」
「そうですなあ」
「真っ新のハンカチみたいやろ。な。凄いやろ」
「凄いといわれれば凄いのかなあ」
「凄いんや。バーベキューの金網なんか、これで磨いたらぴいかぴかや」
「ぼくバーベキューしませんもん」
「もっと凄いのはやな。車のボンネットに火いつけて燃やしてもやな、これで拭いたらすっかりぴかぴかになるんや」
「車のボンネット燃やしたりはせえへんもんなあ」
「どあほ。そういう非常の際にもお役立ちちう譬えや」
「そうですか」
「焜炉のしつこい油汚れもみるみる落ちるちう寸法や」
「外食ばかりで焜炉使ってへんからなあ」
「いちいち楯突く奴やなあ。まあええわ。ほんでやな、今日はお前に特別にこの凄い洗剤をやな」
「呉れるんですか」
「あほ。何でやらなあかんねん。売ったろちうわけや」
「はあ」
「五本セットでなんとお値打ち一万円や」
「あっ」
「何があっ、じゃ。しかも、これは地球にごっつやさしい洗剤やねんぞ」
「あっ」
「何があっ、じゃ」
「もしかしてそれは押し売りとかそういうやつですか」
「人聞きの悪いこというな。訪問実演販売と呼んでくれ」
「なるほど。ところで、その洗剤一本、どれくらい持つんですか」
「普通に使って一年や」
「五本で五年ですか。ちょっと凄いなあ」
「吃驚する場所が違うちうねん。で、どうや。買うてくれるんかくれへんのか」
「買いません」
「きっぱり言うたなあ」
「だって要りませんもん」
「そんなこといわずに、どうや。ええぞ。綺麗きれいなるぞ」
「使いませんもん」
「そうかあ」
「そうです」
「ああ。俺、向いてへんのかなあ」
「今、これで糊口をしのいではるんですか」
「寒うなる言い方すんなちうねん。計算上は半年で大金持やねんぞ」
「どんな計算ですか」
「一日に八口売れる計算や」
「ちょっと無理ちゃうかなあ」
「やっぱそうかあ」
「そうですわあ」
「そやなあ」
「なんか虚しいなってきたわ。今日はもうやめじゃ」
「ほしたら、取り敢えず飯でも喰いに行きましょか」
「そやな」
「奢ってくださいね」
「ええけどな。なあんかおかしいなあ」
「そうですかねえ」
「ちゃうかなあ」
「ええですやん。とにかく飯めし」
「そやな」


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1999/02/12
文責:keith中村
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