第197回 略語について


 流行語新語俗語のたぐいで、とくに識者から蛇蝎の如く嫌われているのが略語である。
 もっとも有名なものは「チョベリグ」であり、もちろん皆さんもご存じであろうがこれは「全斗煥大統領はベトナム戦争に行ったけど、リンゴ・スターはグレートである」の略である。しばらく前には「だっちうの」というのが流行したが、これは「ダッコちゃんとチョキチョキハンドと宇能鴻一郎だっちうの」の略であり、GNUと同じく再帰的略語となっている。「ガトー・ショコラ」は「ちょっくらありがとう」の略なのだそうだ。他にも「ゴールデンウィーク」を略した「ゴウ」や、「トイレットペーパーのホルダ」を略した「トホ」などは最近よく耳にするものではなかろうか。
 言葉を略する表現は何も日本語に固有のものではないが、たとえば英語では連語の頭文字だけを拾って省略する方法が採られる。The United States of America を U.S.A. とするやり方である。名詞だけに用いる方法かと思えば、as soon as possible を A.S.A.P. とやったりもするようである。TGIF というツールがユニックスにあるが、T.G.I.F. はThanks Gee, It's Friday. の略である。日本語なら花金とでもいうところか。そういえばクリフォード・ストールの「カッコーはコンピュータに卵を産む」ではこの手の略語がたくさん使われていた。
 言葉を省略するというとすぐに眉を顰める人が特に高齢者に多いが、しかしよく考えてみれば日本語というのは「春はあけぼの」の例を出すまでもなく昔から省略するのが当然だったのである。
 とはいえ、あまりにやりすぎると俄には通じなくなってしまう。手元にある「現代用語の基礎知識」九十七年版には「キョイレピスバヤ」という略語が載っている。これは「今日イレブンPMで助兵衛な番組やらねえかなあ」の略だそうだが、むしろ露西亜人の名前のようである。
 映画の題名にも極端な省略の例がある。十数年前に「マイドク」というホラー映画があったが、これは「いかにしてマイケルはドクター・ハウエルと改造人間軍団に頭蓋骨病院で戦いを挑んだか」というのが正式らしい。「いかにして」と言えばキューブリックの「博士の異常な愛情」の正式題は「博士の異常な愛情または如何にして私は心配するのをやめて水爆を・愛する・ようになったか」である。これは有名か。
 もうひとつ思い出した。「ウディ・アレンのセックスのすべて」は「ウディ・アレンの誰でも知りたがっているくせにちょっと聞きにくいセックスのすべてについて教えましょう」が正式である。まだあった。「マルキ・ド・サドの演出によりシャラントン精神病院の患者たちによって演じられたジャン・ポール・マラーの迫害と暗殺」は「マラー・サド」と略される。ミラン・クンデラの「存在の耐えられない軽さ」は「ソンカル」などと呼ばれた。
 人と小説の話などをしていると「オオケンの本」などという表現が出てきて、いったい「大江健三郎の本」なのか「大槻ケンヂの本」なのか判らなくて困ることもある。
 私じしんはあまり積極的には略語を使わないのだが、ひとつだけ自分で勝手に略しているものがある。「サムタイムライト」という銘柄の煙草を吸っているのだが、これを「侍」と呼んでいるのでござる。「セブンスター」を「セッタ」、「マイルドセブン」を「マイセ」、「バージニアスリム」を「バースリ」、「峰」を「み」などと言う人は多いが、「侍」はなかなか誰も使ってくれないので少し寂しいのでござる。
 実用的な略語としては「鳩が豆喰ってぱっ」というものがある。これはサラリーマンが出勤前に忘れ物をしていないかどうか確認するためのまじないであり、会社へ持ってゆくべきものの名前を略してつなげたものである。
 は……ハンカチ
 と……時計
 が……ガイガーカウンタ
 ま……マイルーラ
 め……名刺
 く……くすだま
 て……定期
 ぱ……パラシュート
 これだけ持っていれば、社内恋愛だって、同僚の急な栄転だって、緊急脱出だって対応できる。まさに備えあれば嬉しいなというところか。


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1999/02/10
文責:keith中村
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