第195回 謎の金持ち


 世の中には金持ちという職種がある。いったいどういう内容の職業なのかはあまり判然としないが、とにかく金持ちという職業があり、そしてたいていの場合この職に従事している人間は裕福である。かねがね私もなりたいものであると切望しているのだが、どうやらこの職業は世襲制であることが多いらしく、未だに果たせないでいる。
 もし私が金持ちになったら、きっとただの金持ちでは終わらぬだろう。そう。謎の金持ちになってやるのだ。
 いったいに「謎の」とついている職業は魅力的であることが多い。
 謎の貿易商しかり。謎のインド人しかり。もっともインド人は職業ではないかもしれないが。
 謎のプロ野球選手もよい。謎の養鶏業。謎の炭鉱夫。謎の八百屋。謎の転校生。
 そんななかにあって、謎の金持ちの素晴らしさは突出している。
 金持ちと灰吹きは溜まるほど汚い、とか、金持ち金を使わず、などと言われるが謎の金持ちはそんなことはない。贅沢に金を使うのだ。
 謎の金持ちは気前がよい。
 まず、寿司なんか喰っちゃうのだ。ちゃんとした奴だ。回らない奴だ。しかも、それどころか値札だってないところだ。時価だ。これは恐いぞ。しかし、謎の金持ちだから安心なのだ。謎の金持ちだから、落ちつきなくきょろきょりしたり、新香巻きばっかり食べたりしなくっても大丈夫なのだ。
 それから、手始めに大森一樹に接触する。彼にまたゴジラ映画を撮ってもらうためだ。
 題名は「ゴジラ対ナナちゃん」。
 ナナちゃんといっても知らぬ人もいるだろうが、こいつは名古屋駅の前に立っている、でっかいでっかい人形である。いわゆる待ち合わせのメッカ、東京でいうとハチ公前、大阪ならロケット広場のようなものである。ナナちゃんはペンギンさんのように両手をぴょこっとさせて駅前に立っている。そんなところにいると邪魔だろうと思うが、名古屋人は気にせずナナちゃんの股の間でも通ってゆくらしい。変だぞ、名古屋のひとびと。
 で、大森一樹に頼んで「ゴジラ対ナナちゃん」を撮ってもらうわけだ。謎の放射線によって突如巨大化したナナちゃん。もっとも、こいつはもとから無駄に大きいのだが。それが大暴れするわけだ。百メートル道路を我がもの顔で闊歩するわ、金鯱はもぎとるわ、大須ういろは喰いまくるわ、そりゃもう大変な騒ぎなのであった。これは是非とも沢口靖子にやってもらいたい。
 そこへ現われたゴジラ。ナナちゃんのきしめんビームに苦しめられるも、なんとかナナちゃんをやっつけてハッピーエンド。そういう話だ。
 そして街へ出て、通りすがりの人を呼びとめるのだ。
「ねえ、君きみ。ちょっとちょっと」
「はい。何ですか」
「あのね。ここで、電話帳頭に乗っけて踊りなさい」
「馬鹿なこといってんじゃないですよ。さいなら」
「ああ。待て待て。できたら一万円あげるよ」
「ぴく」
「……」
「あの、今、何と」
「したら、一万円あげようじゃないか」
「うーん。一万円じゃちょっとなあ」
「じゃあ、三万円」
「十万なら考えます」
「五万」
「八万」
「よし。いいだろう。八万円だ。はい、じゃあこれ電話帳ね」
「……。い、いいでしょう。やったろうじゃありませんか。くるくるー」
「いやあ。あの人なにい。頭に電話帳乗せて踊ってる。ばっかみたい」
「春になると変な人が増えるわねえ」
 そういうあれだ。
「はい、ご苦労さん。じゃこれ約束の八万円ね」
「ども。ところであなたは誰なんですか」
「ふふふ。わたしは謎の金持ち。じゃあね」
 ああ。素晴らしい。どこかに謎の金持ちいないかなあ。
 って、いつの間にか立場が変わっているではないか。
 それはそれとして、ナナちゃんってかなり変であると考えるのであるが、平気なのだろうか、名古屋のひとびと。
 あんなものは米兵にでも売るのがよかろう。 


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1999/01/28
文責:keith中村
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