第193回 六歌戦隊古今衆


「あのさ。ちょっと話があるんだけど」
 勤務を終えて帰宅の用意をしていると、クロヌシンジャーがおれに声をかけてきた。「食事でもどう」
 こいつの「話」にはろくなものがない。気がすすまなかったが断って、あとで根にもたれてねちねち言われるのも鬱陶しいのでおれは仕方なしにわざとらしく腕時計に目をやりながら返事した。「ああ、いいよ。でも手短にしてくれ」
「それでさ、僕の役目っていったい何だろうなあって思うんだ」
 四皿のカレーを平らげ、五杯目を注文してからようやくクロヌシンジャーは切り出した。
 おれはとうに自分の分を食べ終えて、煙草をふかしながら新聞を読んでいる。まただ。近代人の自我だかアイデンティティの時代だか知らないが、こいつはときどきこういうどうでもいいことで悩むのだ。おれはわざと驚いてみせた。
「何を言ってるんだい。まさかおれたちの使命を忘れたわけじゃないだろうな。そもそも発端は研究所の紀博士だ。彼は日本史を研究するなかで、この国に根差した御霊信仰に気づいた。数々の災いはすべて御霊のなせるわざだってことを発見したんだ。それで、御霊を鎮魂するために有志を募った。それがわれわれだ。博士は御霊と戦わせるため、われわれに改造手術をほどこし、六歌戦隊古今衆と名づけたんだ」
「うんうん。そうだよ。そりゃ、十分わかってる。あ、おねえさん、カレーもう一杯おかわりね。いや、だからね、僕たちの任務はわかってるんだ。そうじゃなくって、僕の、クロヌシンジャーの、役割って何なのかなあって」
 まったく男のくせにうじうじしていやがる。おれはとぼけてみせることにした。「おれたちが悪霊退治するときの掛け声を思い出してみろよ。ちはやぶるう、ナリヒレンジャー。ふくからにい、ヤスヒデンジャー。わがいおはあ、キセンジャー。あまつかぜえ、ヘンジョンジャー。はなのいろはあ、コマチンジャー。カレーのパワーだ、クロヌシンジャー。六人揃って、古今衆っ」
 おれはいつものポーズを決めてそう言った。「な、六歌仙なんだから誰一人かけてもいけないんだよ。おれたちは六人あわせてひとつなんだよ」
「あ、おねえさん、もう一杯ね」七皿めを注文してから彼は言った。「そのことなんだけどさ。おまえはいいよ。なんたって在原業平だもんね。世紀の色男だもんね。しかも他の五人はみんな持ち歌の初句を誦じてから名乗るだろ。どうして僕だけ、カレーのパワーだ、なんて情けないこと言わなきゃいけないんだよ」
 とうとうさめざめと泣き出した。泣きながらもカレーを頬張っている。なかなか器用な奴だ。
 おれはため息をついた。「そんなこと言っても仕方ないだろ。だって」
「うん。ぐすぐす。わかってる。もぐもぐ。ぐすぐす。仕方ないよ。だって、他の五人はちゃんと百人一首に撰ばれているんだから。あ、おねえさん、おかわり。ぐすぐす。でも、大伴黒主だけは百人一首に入ってないんだよね」
「そうだよ」
「でもやっぱり納得できない。たとえば古今集には『春雨の降るは涙かさくら花散るを惜しまぬ人しなければ』という黒主の歌が入っている。どうだい、いい歌じゃないか。百人一首に入ってもよさそうじゃないか。それにひきかえ、文屋康秀のは何だい。『むべ山風を嵐というらむ』って。「山風」を続けて書いたら「嵐」だって。駄洒落じゃないか。喜撰のだってそうだ。『都のたつみしかぞ住む』。辰、巳、鹿って動物づくしじゃないか。お前らそれでも和歌か、大喜利じゃないんだぞ。どうしてそんなつまんない歌が百人一首に撰ばれて、僕のが撰ばれてないんだ。ちくしょう。おいおい。おーいおい。藤原定家の馬鹿やろう。おーいおーい。定家なんか嫌いだあ。おーいおーい。あ、おかわりね」
 号泣しながらもおかわりを頼んでいる。不思議な奴である。
「それだけじゃないぞ。もぐもぐ」彼は喋り続ける。「必殺技をかけるときだってそうだ」
 われわれには御霊をやっつけるときの必殺技がある。「和歌クラッシュ」というもので、これは六人で和歌を詠ずる。すると空を切り裂いて稲妻がおこり、悪霊を一撃するのだ。
「もぐもぐ。こないだの参議篁の霊をやっつけたときを思い出してくれ。まずお前が『わたのはらあ』だ。ヤスヒデンジャーが『やそしまかけてえ』、キセンジャーが『こぎいでんとお』、ヘンジョンジャーが『ひとにはつげよお』、でコマチンジャーが『あまのつりぶねえ』」彼はきっとおれを睨み付けてから続けた。「和歌は五七五七七だから五人で分担すればそれで終わりだ。僕はというと、そのあとに『どすこい』だ。何だよ、どすこいって。おーいおーい。ぐすぐす。もぐもぐ。いつだってそうだ。みんなが格好よく和歌を詠じたあと、僕だけ『どすこーい』だ。情けないよお。おーいおーい」
「まあまあ。落ち着けよ」
 他の客がじろじろ見るのがあまりに恥ずかしいので仕方なくおれは宥めた。「お前あっての六歌戦隊古今衆じゃないか。子供たちにいちばん人気があるのもお前だしな。ビートルズでいうとリンゴ・スターみたいな役どころだ」
「リンゴ・スターだって」彼はわめいた。「じゃあやっぱり才能がないってことなんだ」
 おれは慌てた。「いやいや。そういう意味じゃない。いちばん格好いいのもお前だ。コマチンジャーがこないだ言ってたぞ。クロヌシンジャーって素敵。いちどあのがっしりした胸に抱かれてみたいわ、って」
「あいつじゃしょうがない。彼女は穴なしだ」
 なだめようとしているのにひどくなる一方だ。
「それにさ、百人一首に入ってないことくらい何だよ。気にするな。あれにはどうしてこんな歌が、なんていう駄作が山ほど入っているんだから。むしろ撰ばれなかった方が誇らしいくらいだ」
「そうかなあ」ようやくちょっと泣きやんできたのでおれはここぞとばかりに続けた。
「そうだよ。あんなものに撰ばれたら末代の恥だ。おれなんか、あれに撰ばれたばっかりに大衆化して落語のねたにまでされちゃってるんだから」
「ふうむ」
「だから撰ばれなくてよかったんだ」
「ほんと」彼の顔が晴れた。
「掛け値なしにほんとだ」おれは大きく肯いて言った。「定家だけあって掛け値なしです」 


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1999/01/18
文責:keith中村
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