第192回 ピザを科学する


 宅配ピザというのはテレビのコマーシャルや、あるいは家庭の郵便受けに投げ込まれるチラシを見る限り、家庭でのパーティというかちょっとした寄り合いのときに注文すべきもののように思える。しかし、売り手のそういった意図にもかかわらず宅配ピザはまた、ものぐさなひとり暮しの人間に重宝されているのも事実である。
 ひとり暮しの人間はご存じのように三種類に大別できる。
 まずは「まめなひとり暮し」である。この種の人間は自室で料理することを厭わない。休日や会社帰りにスーパーに立ち寄ってせっせと食材を購入しては冷蔵庫に備蓄する。朝昼晩三度三度きっちりと食事をする。たまに夜に空腹をおぼえても、冷蔵庫のあまりものなどをさっと調理してはそれを満たす。
 ふたつめは「不精なひとり暮し」だ。この種の人間は自ら料理をすることは滅多にない。食事はたいてい外食ですます。しかし、いざというときのため即席ラーメンやレンジで暖めるだけの軽食を保有しており、夜間空腹をおぼえたときはこれで満たす。たまたまそれら食材を切らしているときにはコンビニエンス・ストアに赴き、おにぎりなり弁当なりを買ってきて、空腹を満たす。
 最後は「ものぐさなひとり暮し」である。この種の人間はマンションの部屋に備えつけてある台所がいったい何をするところなのか判っていない。まさかそこが調理をする場所であるとは夢にも思わない。流しの前に本棚などを置き、あたかもそこが物置であるかのようにふるまう。たまに本を出し入れするときに流しが視野に入ると、「はて、これは何だったろう」という表情で小首を傾げるのだ。この手の人間の食事はもちろんすべて外食となる。「不精なひとり暮し」との差異は、このものぐさなひとり暮しの人間は即席の食品であろうと一切備蓄していないという点である。この種の人間が夜間に空腹をおぼえたとき、出番となるのが宅配ピザである。コンビニエンス・ストアはそう遠い距離ではない。にもかかわらずものぐさなひとり暮しはそこへすら足を運ばないのだ。理由はただひとつ。彼がものぐさだからである。コンビニエンス・ストアで弁当を買うよりも数倍高い金額を払ってまで宅配ピザをとる。出歩かずに済むならそれくらいどうってことはないのだ。
 そして私はこの「ものぐさなひとり暮し」に属する人間である。であるから私も宅配ピザはしばしば利用する。
 さて、本日も私は宅配ピザを利用しようとチラシを眺めていた。深夜になんなんとしている時間に腹が少し減ってきたのである。小さめのピザでもひとつ取ろう。そう考えたのだ。
 私はL社という宅配業者のチラシを眺めておったのだが、そこでふと疑問が湧いた。
 いったいピザの大きさと価格はきちんと比例しているのだろうか。
このL社のピザには三種類の大きさがあり、またトッピングしてあるものの内容によって価格体系が三通りになっているのだが、この料金体系が適切なものかどうかに疑問を抱いたのである。
 ちょっと表にしてみよう。

L社ピザ料金表
直径 20センチ 25センチ 36センチ
体系1 1000円 1800円 2700円
体系2 1100円 2000円 3000円
体系3 1300円 2300円 3400円

 一見するとかなり整然とした規則で価格が設定されているように見える。しかし油断は禁物である。小学校では「1あたり量」というものを習った。つまり単位量で比較しなければ本当のところは見えてこないのだ。つまり1センチあたりの金額を算出しなければならないのだ。私は電卓をはじいて次の表を得た。

L社ピザ1センチあたりの料金
直径 20センチ 25センチ 36センチ
体系1 50.0円 72.0円 75.0円
体系2 55.0円 80.0円 83.3円
体系3 65.0円 92.0円 94.4円

 ほら。やはりばらばらだ。どの体系でも20センチのものがいちばん格安であることが判明した。やはり1センチあたりに換算しないと真実は見えなかったのだ。私は注文すべくいそいそと受話器を持ち上げた。
 え。1センチ。ピザ1センチ。何だそれは。
 あっ。いかん。この表は間違っておる。ピザは円形であるから、面積で比較せねばならぬのだ。長さではいけないのだ。いかん。小学生なみの誤謬ではないか。かなり恥ずかしいぞ。
 私は受話器を置いてふたたび電卓を手にした。ええと。半径掛ける半径掛ける円周率だ。面積を出しておき、価格をそれで割ればよいのだ。

L社ピザ1センチあたりの料金(改訂版)
直径 20センチ 25センチ 36センチ
体系1 3.18円 3.67円 2.65円
体系2 3.50円 4.08円 2.95円
体系3 4.14円 4.69円 3.34円

 今度こそ間違いない。ピザは立体であるから体積で比較しなければならないと思うかもしれないが、どうせ直径が違っても厚さは変わらないのだから、面積比較でよいのだ。これでいいのだ。
 よし。ようやく正解が見えた。この業者のピザは36センチのものを買うのが正しいのだ。それがいちばん割安なのだ。そして、小腹を満たすためだけのものであるから、高いものは必要でない。となれば、体系1の36センチのものを注文すればよいのだ。なにしろ2.65円なのだ。安いのだ。
 私はチラシを見て、体系1に属するもののうち、「じゃがミート」という商品を注文した。「ほくほくポテトと特製ミートソースのおいしさ爆発!!」という惹句のついているものだ。おいしさ爆発なのだ。しかも、いちばん割安なものだ。どうだ。ここまで緻密に計算して注文する奴などそうそういるものではなかろう。受話器を置くとき、私は心の中で「勝った」と叫んだ。
 そして三十分後。勝利の「じゃがミート」が届けられた。
「消費税込みで二千八百三十五円になります」
 配達してくれた兄ちゃんはさわやかにそういうのだった。あれ。何で。小腹の減りを満たすのにどうして三千円近くもかかるのだ。頭から疑問符を出しながら私は支払いを済ませた。どこかに計算違いがあったか。
 テーブルの上にピザを持ってきて開封した。じゃがミートである。
 見るなり私は絶句した。
 ……で、でかい。ひとりでこんなに食べ切れんぞ。
 なにしろそれは直径36センチもあったのだ。

 教訓:ものを食べるときは電卓ではなくお腹と相談すべし。


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1999/01/17
文責:keith中村
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