第19回 落語レコンキスタ


その1「饅頭怖い」

 ダメ人間たちが夜中に集まって、あいも変わらす馬鹿話をしていた。いつしか話は「怖いもの」へと。胞衣(えな)というのは胎児を包んでいた膜やら胎盤やらのことであるが、産後五日目に胞衣納めといってこれを恵方の土中に埋める。なんでも、人間は初めて自分の胞衣の上を通ったものを怖がるようになるというのだ、と蘊蓄を傾けたのは兄貴分の男。ある者は蛇が怖いという。ところが兄貴分がこれを馬鹿にして、「蛇なんか何が怖いものか。あんなものは鉢巻きにでもしてやらあ」と一笑に付する。別の者が「俺はお化けが怖い」というとすかさず兄貴分が「お化けなんざあ、どこが怖いってんだよ。何。足がないのが怖い。ほう、それならお前は炬燵の天板だけ見ても怖いっていうんだな」と揶揄する。やくざが怖いというもの、死ぬのが怖いというもの、はたまた「飛ぶのが怖い」というものもあったが、兄貴分はことごとく「そんなものを怖がるやつがあるか」と小馬鹿にする。
 そんなら兄貴分は何が怖い、との問いにちょっと考えて「そうだな。おれは、その、なんだ。エロ写真が怖い。特に無修正画像が」。
 これには残りの連中吃驚して、そんなものが怖いのかとさんざん虚仮にする。兄貴分はいきなり弱気になって「怖いものは怖いんだから仕方がないだろう」。先程までこっぴどく扱われた腹いせにここぞとばかりにエロ画像、特に無修正画像の話題に盛り上がるみんな。やがて兄貴分は「もう我慢できない。ちょっと気分が悪くなったので横になってくる」といって隣りの部屋へ行った。
 残った連中、ひそひそと相談するや、ブラウザを開いてネットサーフィンをおっぱじめた。行く先はさまざまな怪しいサイト。そこここで無修正画像をダウンロードしまくった上で、カラープリンタで出力。それを抱えてそうっと隣りの部屋へ赴くと、兄貴分は眠っている。枕もとに無修正画像のあんなやつやこんなやつを撒き散らしておいて、またそうっと戻ってくる。
 しばらくすると、隣室で「うわっ、何だなんだ」と兄貴分の声。してやったりとにんまりする残りの連中。兄貴分、うわあ、ぎゃあなどと喚いているが、やがてはあ、はあ、という息遣いが聞こえてきた。だんだん息遣いが荒くなるので、ひとりが声をかけてみた。「兄貴ぃ、どうしたんでえ」
 すると、扉のむこうから「そろそろティッシュペーパーが怖い」

その2「あたま山」

 ダメ人間の男が、CPUを買い替えた。それで古いCPUを抜き出したのであるが、捨てるにも勿体ないので少しは賢くなるかもしれぬなどと考えて、それを頭に挿しておいた。ところがどうしたわけか、だんだんとビデオボードやらメモリやらサウンドボードやらCD−ROMやらが生えてきて、春になってみると、立派なAT互換機が頭の上に完成していた。おもしろ半分にWindows95を積んでみたが、これが「ATま山」などと評判になってつぎつぎと見物人がやってきた。
 子供たちはゲームをやらせてくれと言って群がってくるし、おやじたちは「ねっとさーふぃん」とやらで外人女の恥部を見んとしてやってくる。近所のサラリーマンは残業がわりと言ってエクセルを使わせてもらいにくるわ、何を勘違いしたのかお婆さんなどはお数珠をもって拝んでいる。そりゃもう大変な騒ぎである。
「これもみんなWindowsがあるからいけねえ」
 そう思った男はfdiskで領域を解放して新たにLinuxを積んでみた。一般の観光客やら物見遊山の人間はこなくなったのであるが、かわりに真性のハッカーやらLinuxオタクがやってくるようになった。こちらの方が余程たちが悪い。
 自分のホームディレクトリに市販のソフトをコピーしておいて世界中にFTPさせるわ、ウイルスやらワームやらを開発してばらまくわ、lsをslとうち間違えて蒸気機関車は走るわ、ディレクトリの保守やらアカウントの管理やら、アクセス権がああだこうだと、管理は以前より大変になった。
 堪りかねた男は、

void main(void)
{
  foo( );
}

void foo(void)
{
  foo( );
}

 などとやって無限の再帰的呼び出しになってしまったとさ。

その3「つる」もしくは「やかん」あるいは「ちはやぶる」

「ちはやぶる神代もきかず龍田川から紅に水くくるとは」という和歌の意味をダメ隠居に訊きにきた男。お定まりの「井戸に落ちて水をくぐった」という説明で納得します。流石はご隠居、物知りだねえ、なんていうお世辞に気をよくしたダメ隠居、やめときゃいいのに「ははは。解らないことがあったら何でもわしに訊きなさい」。「じゃあね、ご隠居。ついでに訊くんですが」などとコンピュータについて訊ねます。実はご隠居もコンピュータに関してはからっきしなのでございますが、何でも訊けといった手前知らぬというわけにもいきません。
 男はコンピュータ用語が横文字ばかりなので、意味がよくわからないなんてぼやいてる。ご隠居、「何をいうとる。あれは全部日本語ではないか」かなりいい加減なことを言ってます。
「へえ、そうだったんですかい」男は眼をまん丸くして「じゃあ、ゲートウェイってのはどういう意味ですか」。「あれは漢字で迎戸上意と書いてだな、送られてきたパケットを戸口で待ち受けて、上つまり管理者の意向に沿って振り分けるという意味なんじゃ」何となくそれらしいことを言って胡麻化す。男すかさず突っ込んで「あれ、ご隠居、そのパケットっていうのは横文字ではないのですかい」
「何を言うとる。あれはだな、情報をパケッと折って小さな塊にしたものだからパケットというのだよ」
「それもいうならポキッと折るんじゃないのかな」
「うちの田舎ではパケッと折るのだ」なあんて、いささか苦しい。
「マウスってのはやっぱり鼠に似ているから英語のマウスなんじゃないのですか」
「いやいや、違うな。お前さん、砂時計が表示されて画面見ながら待っているときは何をしておる」
「何をって、別に何もしてやしません」
「いやいや。そんなことはないじゃろう。右手はどうなっておる」
「そりゃ、ええと、こうやって」
「ほれ、見なさい。無意味にマウスを廻しておるじゃろう」
「まあ、手持ち無沙汰で」
「だから『廻す』なんじゃ」
「でもご隠居。まわす、ではなくて、まうす、なんですよ」
「やかましい。うちの田舎では、まうす、というのじゃ」ってな具合に、何でも方言にしてしまいます。
「そういえばネットスケープコミュニケーターゴールドなんて長ったらしい名前のやつがありますが、あれなんかはやっぱり英語でしょ」
 素直にそうだと認めてしまえば楽なんですが、そこはダメ人間のご隠居、自分が優位に立たないと得心がゆかないってんで「違うな。あれも日本語じゃ」
「ご隠居、そりゃあいくらなんでも嘘でしょ。ネットっていうのは網のことで、ネットワークを表しているんじゃないんですか」
「これだから物を知らない人は困るよ。いいかい、あれは熱と、だ」
「熱と、ですか」
「そうそう。熱意を持って、という意味なんじゃ」
「熱意を持ってどうするんですか」
「お前さんはネットスケープを何に使ってるんだい」
「てへへ。自慢じゃねえけど、俺は外人女のあそこを見るのに使ってます」
「そりゃあ、自慢にならないね。で、そういう画像はすぐに見つかるかい」
「いや。すぐに、ってわけじゃ。けっこうあちこち探りますよ」
「一生懸命に、か」
「一生懸命に、です」
「ほれ、熱意を持っているじゃろう」
「あ」
「何が、あ、じゃ。な。間違いないじゃろう」
「では、では、ご隠居。スケープってのは一体」
「あれは、スケーとプにわけて考えるのじゃ」
「スケーというのは」
「外人女の陰部見て楽しんでおるのじゃろ。助兵衛じゃ」
「そんな無理矢理じゃないですか」
「なにが無理矢理じゃ。なにしろうちの田舎では助兵衛のことをスケーというのじゃから仕方ない」
「百歩譲るとして、プ、ってのは何です」
「お前さん、たまにはスカトロ画像だって見るじゃろう」
「てへへへへ。すっかりお見通しですね」
「それで、放屁の音になぞらえて、ぷう、なのだよ」
「スカトロでぷうってのはちと強引なんじゃありませんか」
「そんなことはない。象徴じゃ。象徴としてのぷうなのじゃ」
「そんなものかねえ。じゃ、ご隠居。コミュニケータはどうだ。うはは。手も足も出まい」
「何を得意になっておるのだ。あれはな、作者の名前ではないか」
「ご隠居、いい加減なことを言っちゃいけませんぜ。そんな変な名前がありますかってんだい」
「変な名前だと。小峰慶太が、か」
「あ」
「何が、あ、じゃ。な。間違いないじゃろう」
「流石ご隠居。見直しましたぜ。じゃ、あっしはこれにて失礼します」
「いやいや。また解らんことがあったらいつでもやってきなさい」
「へい」
「ふう。やっと帰ったよ。ああ、大変だった」
 なんてほっとしているところへ、
「ご隠居、ご隠居」
「うわ。また戻ってきやがった。ああ。どうしたんだい」
「いや、訊き忘れたことがりましてね。熱と助兵衛ぷう小峰慶太まではわかったんだが、そのあとのゴールドってのは一体何なんですかい」
「ええと。ゴールドかい。ゴールドねえ。ゴールドくらいおまけしておきなさい」
「いいや。まからねえ。ねえ、ご隠居。ゴールドってのは何なんだい」
「それはだな」
「ふむ」
「調べてみたら小峰慶太の本名だった」


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1997/11/12
文責:keith中村
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