第186回 京都には近付くな


 さて日本でいちばん殺人事件の多い都市はどこだかご存じだろうか。そりゃ東京だろう、と答える方もいらっしゃろう。いや、案外名古屋だよ、という方もあろう。大阪じゃないのかなあ、という意見もあろう。生憎であるがすべて間違っている。
 正解は京都である。
 山村美紗という人がいる。この人は京都でおこった殺人事件を数多く記録していることで有名である。
 この人の記録をみてみよう。

「京都紅葉寺殺人事件」
「京都西大路通り殺人事件」
「京都花の艶殺人事件」
「京都二年坂殺人事件」
「京都貴船川殺人事件」
「京都詩仙堂殺人事件」
「京都清水坂殺人事件」
「京都西陣殺人事件」
「京都鞍馬殺人事件」
「京都嵯峨野殺人事件」
「京都大原殺人事件」
「京都東山殺人事件」
「京都化野殺人事件」
「京都絵馬堂殺人事件」
「京都祇園殺人事件」
「京都花見小路殺人事件」
「京都紫野殺人事件」

 ものすごいことになっている。いたる所殺人現場、京都は死屍累累である。
 ところで、京都といえば祭である。京都の祭には全国各地から観光客がつめかけるが、次を見れば迂闊に京都に近付いてはいけないことがお判りになるだろう。

「京都三船祭り殺人事件」
「京都夏祭り殺人事件」
「京都葵祭殺人事件」

 危険過ぎる。祭になれば殺人事件がおこるのである。
 しかし、という反論もあろう。京都の祭はまだまだ他にもある。殺人事件のおこらない祭もあろう、と。そう、たとえばかの有名な祇園祭りはどうだ。ほら、時代祭りだって大丈夫そうじゃないか。
 なるほど。あなたは確かにそうおっしゃるだろう。しかし、次を御覧いただきたい。

「京都の祭に人が死ぬ」

 お判りか。祭になると人が死ぬのだ。なにしろ人が死ぬのである。岸和田のだんじりや、リオのカーニバルでもなかろうに、とにかく京都の祭に人が死ぬのだそうだ。
 では、祭に行かなければ大丈夫かというと、実はそうでもない。

「京都婚約旅行殺人事件」

 婚約旅行に行けば殺人事件が発生するのであった。婚約旅行でなければ安全だろうと思ったらそうでもない。

「京都離婚旅行殺人事件」
「京都再婚旅行殺人事件」
「京都不倫旅行殺人事件」
「京都愛人旅行殺人事件」

 別れようが、くっつこうが、不倫で愛人を伴っていようが、殺人事件がおこってしまうのであった。

「京都恋供養殺人事件」

 失恋の痛手を癒すため、髪なんかばっさり切っちゃって、京都大原三千院などと歌っていても駄目なのである。容赦なく殺人事件が発生するのであった。

「京都グルメ旅行殺人事件」

 そんな色恋沙汰に関係なく食欲に走っちゃうよ、と言っても許してくれないのであった。食べ歩きしてても殺人されてしまうのであった。
 それなら、卒業旅行だの社員旅行だの、そういったあれならどうだ、という人もいらっしゃろうが甘いあまい。

「京都旅行殺人事件」

 京都に旅行するだけでこのざまなのであった。
 それでも京都に行きたいよ、という人もあろう。そうだ、こうすればいいのだ、とあなたは名案を思い付くに違いない。
 あなたは言うだろう。古来より日本には方違えという習慣があった。方角が悪いときにはひとまず別のところへ赴いてそれから目的地に行けばいいのだ。つまり、京都以外の土地に同時に旅行してしまえばいいのだ。どうだ、素晴らしい考えだろう。
 なるほど。確かにそれは慧眼である。だが、残念なことにあなたはやはり間違っているのであった。
 御覧頂きたい。

「京都・金沢殺人事件」
「京都・出雲殺人事件」
「京都・島原殺人事件」

 あなたは反論する。金沢は小京都といわれる町であるし、出雲も古い歴史がある。島原はおおきな一揆があった土地じゃないか。そんななんだか禍々しそうなところばかりだからいけないのではないか。ほら、もっとあれだよ。もっと明るい土地ならいいじゃないか。
 残念なことには、その反論も虚しいのだ。

「京都・山口殺人旅行」
「京都・博多殺人事件」
「京都・神戸殺人事件」
「京都・浜名湖殺人事件」
「京都・沖縄殺人事件」

 如何であろう。神戸のようなお洒落な街でもこのありさまである。浜名湖で夜のお菓子うなぎパイを頬張っていても殺されてしまうのであった。リゾート地沖縄でも歯が立たない。
 ええい。じゃいっそのこと海外に行ってしまおう。
 どうして京都に行くためにわざわざ海外に出なければならぬのか判然としないが、やけくそになってあなたはそう叫ぶ。
 しかし、である。

「京都・グアム島殺人旅行」
「京都・バリ島殺人旅行」

 お判りであろうか。京都の魔力からはもう誰も逃げられないのであった。恐るべし京都。
 だがしかし。あなたは歯を喰いしばって堪える。これが全てじゃなかろう。あなたはそう言うだろう。そうとも、これが全てじゃない、京都にはまだまだ安全な場所だってある。そうとも、俺は何としても安全な京都にたどり着くのだ。
 私は決してあなたを苦しめたりからかったりするつもりではない。しかし、悲しいことにあなたのこの最後の叫びにも反証を呈示せねばならぬのだ。
 和久峻三という人がいる。この人も昔から京都の殺人事件を記録し続けた人である。この人の手になるものに以下のものが挙げられる。

「京都時代祭り殺人事件」
「京都洛北 密室の血天井」
「遠野・京都橋姫鬼女伝説の旅殺人事件」
「京都・鎌倉・大和あじさい古都の寺殺人ライン」
「京都人形寺の惨劇」
「京都奥嵯峨柚子の里殺人事件」
「京都先斗町殺人事件」
「京都冬の旅殺人事件」
「京都釘ぬき地蔵殺人事件」
「京都東山『哲学の道』殺人事件」
「京都鞍馬火祭りの里殺人事件」
「京都疏水迷路殺人事件」

 あたかも山村美紗を補完するように殺人事件が巻き起こるのであった。あなたが初めのほうで反論した時代祭りでだってきっちり殺人事件が起こってしまうのであった。
 更には木谷恭介という人の手になるものを見てみよう。

「京都『細雪』殺人事件」
「京都いにしえ殺人歌」
「京都渡月橋殺人事件」
「京都百物語殺人事件」
「京都除夜の鐘殺人事件」
「京都桂川殺人事件」
「京都四条通り殺人事件」
「京都高瀬川殺人事件」
「京都氷室街道殺人事件」
「京都柚子の里殺人事件」
「軽井沢・京都殺人行」

 それにしても。
 いきなり我に帰るのだが。
 それにしても。この人達、よくも題名が被らないものであるなあ。
 これだけ京都に集中していればひとつくらい同じ題名をつけてしまいそうなものであるのに。
 やはりあれだろうか。編集者やなんかが調べてその辺はきちんとするのだろうか。
「先生。そろそろ次の作品をお願いしたいと」
「ふふふ。いいわよ。もう題名も考えてあるんだから。『京都先斗町殺人事件』っていうの」
「先生。しばらくお待ちください。ぱらぱら。ぱらぱらぱら。ええと。ぱらぱら。あっ。先生。あっあっ。いけません。その題名はすでに使われております」
「何ですって。いったい誰が」
「和久先生です」
「んまあっ。峻ちゃんったら。きいいいいっ。悔しいっ」
「先生。落ちついて。落ちついてください」
「ぜいっ。ぜいっ。ぜいっ。はあ。はあ」
「先生。名案がございます。ここはひとつ海外と絡めるのです」
「どういうこと」
「そうですねえ。ええと。あっ。ぽんっ。こんなのはいかがでしょう。『京都・バリ島殺人旅行』」
「何よそれ。変なの」
「いやいやいやいや。そんなことはございませんっ。先生の手に掛かれば、そりゃもう素晴らしい作品になることは間違いなく。いや、本当。そうですとも」
「うふふ。そうかしら」
「ええ、ええ。そうですとも。ああっ。素晴らしいなあ。先生の書かれた『京都・バリ島殺人旅行』、是非読んでみたいなあ。こりゃ、ベストセラー間違いなしだろうなあっ」
「ベストセラー……。ええっ。そうよっ。そうですとも。めらめらめら。書くわ。わたし、書くわ。ええ、ええ、ええ。書きますとも。ふつふつふつ。ああっ。創作意欲がたぎってきたわ。ふつふつふつ。ああっ。書くわ。書くのよ。さらさら。さらさらさらさら。さらさら」
 そういうことなんだろうなあ。って、本当にそうだったらどうしよう。


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1998/12/15
文責:keith中村
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