第185回 ばっかり


 そんなこんなで「ザ・心理ゲーム」再来なのであり、といっても判らぬ人もいるかとおもうので一応説明しておくと、私の勤務する会社に時おり出没するやや常軌を逸した保険の人がおるのであるが、この人が会社の各人のデスクの間を遊弋しては手書きのかなり困ったことになっておる紙を配布してまわるのである。
 今回保険の人が配っていった紙は「ザ・心理ゲーム2」と題されておった。
「給料日前でお金がない。なのにアナタに思わぬ臨時収入! さあ、まず何を買う? しっかり使いましょう」
 相変わらずおかしな国語である。「しっかり使いましょう」と言うまえに、「なのに」をしっかり使えよ、とちょっと思うのである。
「恋人を作ったり将来を考えたり、まずは自分です。とっさのチャンスをどう活かすかが基本的な性格なのです。思わぬ収入にほくそ笑むアナタは、実はどういう人なのでしょう」
 相変わらず意味が判らない文章であり、あなたこそどういう人なのでしょう、と感じるのだが、ともかくその下に選択肢がある。

 A:貯金
 B:異性
 C:洋服
 D:食べもの

「何を買う」と訊いておいて「貯金」という選択肢はややおかしいのではないかと思うが、それ以上に「異性」というのはかなりまずいのではなかろうか。恐らく恋人のために使う、とかそういうあれだろうとは思うのだが、やや困った国語である。
 答えの欄を見てみる。

 A:倹約家
 B:恋愛至上主義者
 C:おしゃれさん
 D:くいしんぼ

 予想はしていたが、あまりにも愚直な回答である。奇妙な感慨に耽っていると隣の席でこの紙に目を通していた課長が呟いた。
「そ、そのままやないかっ」
 やはり誰しも同じ感想を抱くものであるらしい。
 さて、話は全然違うのだが、母親という人種は「ばっかり」という言葉がたいそう好きなものである。
 子供というのは勉強よりも遊ぶことを好む傾向があるが、そんな子供に母親は言うのだ。
「もう、この子は勉強もせずに遊んでばっかりいてっ」
 辞書で「ばかり」をひくといくつか載っている中に「それだけに限定する意を表す。だけ」とある。母親が使う「ばっかり」はこれの促音化したものであろう。
 母親は子供がおこなっている動作に必ず「ばっかり」をつけて表現するのであった。
「もう、この子はテレビばっかり見て」
「もう、この子は漫画ばっかり読んで」
「もう、この子はゲームばっかりして」
 確かに子供が興味のあることに示す集中力は並々ならぬものがあるので、「ばっかり」という形容は妥当なものであることが多い。しかし調子に乗った母親はいろいろなことに「ばっかり」を応用するのである。
 夕食にすき焼きが出たとする。多くの子供は動物性蛋白質を好むものであるし、成長期であるからそれも当然のことなのだが、母親はここでもいうのだ。
「もう、この子は肉ばっかり食べて」
 こう言われると子供はしぶしぶ白滝や葱にも手をのばすのだが、しかしこの言い回しはなぜか「肉」にしか適用されない。
「もう、この子はもずくばっかり食べて」
「もう、この子はスケソウダラばっかり食べて」
「もう、この子は竹輪ばっかり食べて」
 ましてや、
「もう、この子は草ばっかり食べて」
「もう、この子は油ばっかり舐めて」
「もう、この子はガウガメラばっかり吸って」
 などとはあまり言わない。そもそもガウガメラとは何だろう。
 もっとも今の私を母親が見れば「もう、この子はカレーばっかり食べて」というに決まっている。子という年齢はとっくに過ぎたが。
 子供の頃、なぜか病的なまでに頻繁に小便がしたくなった時期があった。ほんとうに何らかの病気だったのかもしれず、しかしいつのまにか治癒してしまったのだが、この頃母親はよく言ったものだ。
「もう、この子はおしっこばっかりして」
 まるきり小便小僧呼ばわりであった。如何なものかと。
 あるとき、ぼうっと鼻毛を抜いていたらそれを見とがめた母親が怒鳴った。
「もう、この子は鼻毛ばっかり抜いて」
 ちょっとかなりなことになっている言葉である。別段鼻毛ばかり抜いていたわけでもないのだが、母親という人種にかかると子供のすべての行動は「ばかり」と形容されるのであった。
 私は思うのだが、歴史上のあまたの偉人たちもやはり幼少の砌には彼らの母親から「ばっかり」という叱言をいわれたのであろうか。
 たとえば、ノストラダムスなら「もう、この子は予言ばっかりして」といった具合だったのだろうか。
 キリストは「もう、この子は奇蹟ばっかり起こして」とマリアに言われたのだろうか。
 コペルニクスなら「もう、この子は地球ばっかり回して」である。
 ベンジャミン・フランクリンなら「もう、この子は凧ばっかりあげて」。
「もう、この子は林檎ばっかり落して」と言われるのはニュートン。
「もう、この子は卵ばっかり立てて」はコロンブス。
「もう、この子は発見ばっかりして」はシュリーマン。
「もう、この子は叛乱ばっかりおこして」はスパルタカス。
「もう、この子は海ばっかり割って」はモーゼ。
「もう、この子は結婚ばっかりして」はエリザベス・テイラー。
「もう、この子は顔ばっかり変えて」はロバート・デ・ニーロ。
「もう、この子は電波ばっかり出して」はマルコーニ。
「もう、この子はお茶ばっかり飲まして」は石田三成。
「もう、この子は漂流ばっかりして」はジョン万次。
「もう、この子は鼠ばっかり描いて」は雪舟
「もう、この子は馬ばっかり買って」は山内一豊の妻
「もう、この子は不連続ばっかりで」はモホロビチッチ。
「もう、この子は髯ばっかり生やして」はウィルヘルム二世。
「もう、この子はチーズばっかりくんくんして」はナポレオン。
「もう、この子は手品ばっりして」はなぽれおんず。
「もう、この子はバグばっかり出して」はウィリアム・ゲイツ。
「もう、この子は長生きばっかりして」は泉重千代。
「もう、この子は暗殺ばっかりされて」は犬養毅。
 こんなことをしている私は「もう、この子はいい加減なことばっかり書き散らして」だろうな。


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1998/12/10
文責:keith中村
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