第184回 二十一世紀を生きるために


 岩波書店から広辞苑第五版が売り出されてしばらく経つ。私が所有するのは、第三版であるがこれはもう何年も開いていない。CD−ROMで供給されている第四版を自分でテキストファイルに整形したものを家庭内のファイル・サーバーにおいており、もっぱらこれを利用しているのだ。テキストファイルであるから、grepのようなフィルタさえあれば、家庭内のどのコンピュータからでも、マッキントッシュからでもUNIXからでもウィンドウズからでも辞書検索が可能になっている。かなり便利である。こういう使い方が使用許諾条件に違反しているのかどうか判らぬが、しかしすでにこの環境なくしては文章を書けなくなってしまっている。
 先日書店に行くと、平積みした広辞苑第五版のところにこんな紙があった。
「お世話になったあの方へ――。お歳暮に広辞苑をどうぞ」
 かなりなことになっている。
 歳暮に広辞苑である。そもそも歳暮にはウィスキーだとか新巻鮭だとか蟹罐だとかそういったあれが相場ではなかろうか。たとえば課長にでも贈るのだろうか。
「どれどれ。山田君からの歳暮か。おや、重いな。何だろな。わくわく」
 経理課長がそうひとりごちて開封すると広辞苑が現れるのである。いいのか、山田。
 ちょっとどうかしている話だと思ったので、知人に話してみた。名古屋人の知人はしばらく考えてからこう言った。
「んでも、広辞苑はでかいから結婚式の引き出物には使えるんでないかみゃあ。みゃあみゃあ」
 名古屋の結婚式は派手にやるというが、しかしでかければ何だってよいというのか。いいのか、名古屋人。
 広辞苑第五版が発売されたとき、岩波は新聞の見開き二面を使って気合いの入った宣伝をやった。手元にそれが掲載された十一月十一日の毎日新聞がある。まず大きな活字で「発表します」とあり、その下にこう書いてある。
「広辞苑第五版は、ただ新しい日本語を載せているだけの辞典ではありません。これからの私たちの生活の基準になる、重要な日本語だけを収録しています。ここにあるのは、厳正なる審査によって選ばれた新語たち。そのひとつひとつが、21世紀を生きるために必要な言葉ばかりです」
 言葉を扱う宣伝なのに、二つめの文の「の」の連発にはやや不安を覚えてしまうのであるが、それはともかくとして、新しく収録されたという一万語が、小さなポイントでぎっしりと並んでいる。
 二十一世紀を生きるために必要な言葉ばかりなのだそうだ。私は仔細に眺めてみた。
「DNAクローニング」、「パス−ワード」、「アレルギー性鼻炎」、「カーナビ」、「tRNA」、「国連環境計画」、「ヒドロキソニウム−イオン」、「光電子工学」。
 なるほど。どれもこれもいかにも二十一世紀に必要な言葉ばかりである。
「尾張国郡司百姓等解文」、「阿弥陀来迎図」、「小結烏帽子」。
 なるほど。どれもこれもいかにも二十一世紀に何なになになに。どういうことだ。二十一世紀に百姓の嘆願書が必要なのか。二十一世紀は阿弥陀の時代だとかそういうあれか。これからは烏帽子がお洒落、とかそういうことか。
「鰓呼吸」、「井伏鱒二」、「大小便」、「海水パンツ」、「凍え死ぬ」、「うはうは」、「なんじゃもんじゃ苔」、「挑戦状」、「ひゅうひゅう」。
 ものすごいことになっている。井伏鱒二は山椒魚だから鰓呼吸しているとかそういうことか。海水パンツ一丁で凍え死ぬとかそういうあれか。そもそもなんじゃもんじゃ苔とは何じゃ。
 今度の広辞苑はすごいことになっている。なっています。いるのです。
 しかしまだこんなものではない。
「ピンク映画」、「アダルトビデオ」、「脱ぎっ放し」、「れろれろ」、「遣りたい放題」、「性具」、「ぱかっと」、「どろっと」、「バイブレーター」、「ああん」。
 またいやらしい単語を書いているなどと思わないでいただきたい。私ではない。私ではないのだ。新村出なのである。新村が「れろれろ」とか言うのだ。仕方のない奴だな。
 ああん。それにしても広辞苑はどうなってしまったのでしょう。
「ぶりっ子」、「セシールカット」、「ばついち」、「ミスる」、「目が点になる」、「御ニュー」
 このあたりはあたかも、すたれ切ってしまった流行語を嬉しそうに口にしている中間管理職のようで悲しい。いまどき「ぶりっ子」もなかろうに。
 かと思えばこんなものもあるのだ。
「コレシストキニン−パンクレオザイミン」
「サルスエラ」
「本因坊跡目秀策」
「総鰭類」
 いったい何だ、それは。辞書を引いてみたが載っていない。以前の版の広辞苑を引いたのだから、それも当たり前か。くう。やられた。
 それにしても判らない言葉が多い。特に外来語にはさっぱり知らない単語が多すぎる。あまりに癪なので自分なりに意味を定義してみた。
 以下順不同。

【ホワイト−アウト】:白人差別主義
【タンドーリ−チキン】:丹鳥という種類の鶏肉を用いた料理
【ニュー−カマー】:「ニューハーフ」と「おかま」からの造語
【セラピー】:世良公則の仇名
【イコノクラスム】:猪の子ががっちり肩を組んでいるさま。結束が固いことの比喩。
【モロカイ】:あからさまにかゆい
【ラビオリ】:多くのもののなかで特にすぐれていること。「――の名士」
【イキトス】:生きている。「――いけるもの」
【ロヴァニエミ】:ウマ科の哺乳類に笑いかけること。どうしてそんなことをするのかは不明。
【クリスマス−リース】:樅の木を借りてくること
【サラマンカ】:「あなたは処女ですか」の意
【ドーティ】:まだ異性と交接していないこと。また、その人。
【デカップリング】:巨大なプリンを製造すること。また、その人。→レオナルド・デカプリオ
【コスタ−デル−ソル】:摩擦したり出したり剃ったりしている。多分いやらしいことをしているのだろう。
【イヤー】:そういわずに。よいではないか。ひひひ。
【バセテール】:ううん。まだばせてない。
【ノヴァスコシア】:でもジオスならたくさんあります
【アンタナナリヴォ】:ええ。私がナナリヴォよ。
【ウエハー】:喜んでいる
【ウェー】:うんざりしている
【ワン−ウェー】:犬もうんざりしている
【リボヌクレアーゼ】:土佐弁。意味は不明。
【イノシトール】:必殺仕事人
【マヨラナ】:また明日逢いましょう
【ウェスカー】:いいや。下だよ。
【メガマウス】:ああっ。そんなに椅子を回転させないで。
【ミミクリ】:三年柿八年
【ヴィソーツキー】:いや、本当なんだってば。
【ミショー】:に厳しい

 こんなことをしていても二十一世紀に生き残れるのだろうか。教えて、新村出。


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1998/12/07
文責:keith中村
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