第179回 年賀状


 十一月もなかばとなり、そろそろ年賀状の準備をなさっている方も多いかと思われるが、私はもう十年以上年賀状を出したことがない。
 理由は大きくふたつある。ひとつは、私が年賀状という制度に懐疑的であること。もうひとつは私がものぐさであることである。
 そもそも年賀状という言葉はその語感が悪い。
 電話帳というのとかなり似ている。考えてもみてほしい。もし正月に年賀状ではなく電話帳が送られてきたら。多い人では数百もの電話帳が送られてくるのだ。これは困る。だいいちそんな大きな郵便受けはあまりないだろう。いけません。電話帳を送るべきではないのだ。あれは頭に載せて踊るものと相場が決まっておる。
 それに年賀状は「えんがちょ」にも結構似ている。考えてもみてほしい。もし正月に年賀状ではなく、えんがちょが送られてきたら。多い人では数百ものえんがちょが送られてくるのだ。これは困る。だいいちそんな大きな郵便受けはあまりないだろう。いけません。えんがちょを送るべきではないのだ。ところでえんがちょって何かしら。
 年賀状の起源はかなり古い。現存する最古の年賀状としてはアメンホテップがしたためたものがルーブル美術館に保管されている。これはかのナポレオンが行軍中に発見したもので、神聖文字で記録されていたため解読は難航を極めたらしい。現在ではすっかり解読されているのだが、そこには一首の和歌が書かれていた。次のようなものである。
「もろへいや へもけせらぴす ねるふぇるてぃ あかしろないるは めでたきぞある」
 日本語に訳してみると、「山の奥で鹿が鳴いているのを聞くと、いっそう秋が悲しく感じられる」ということらしい。どうして正月なのに秋なのかと思うが、これは当時の地軸が現在とことなっていたおり、季節がずれていたためのようだ。
 この年賀状は大きな石板であった。このため、当時の郵便配達夫はとても力持ちだったことが判明した。
 歴史上有名な年賀状というものもある。
 豊臣秀吉の家来に本多某というものがあったそうだが、彼が妻に宛てた「一筆形状記憶合金。おせんにキャラメルいかがです」は名文の誉れ高い。
 海外ではビクトル・ユーゴーが出版社に送った年賀状もよく知られている。ただ一文字「?」と書かれたものだ。これが何を意味するのかは諸説あるが、いちばん有力なのは「はてな」ではないか、という説である。このとき出版社もユーゴーに年賀状を出していたのだが、これはただ一文字「!」とだけ書かれたものであった。こちらの意味するものへの解釈も多数あるが、最有力なのは「?だけじゃ判らんやないかっ」ではあるまいか、という説である。だが、これらのいったいどこが年賀状なのかはよく判らないところである。
 また未確認情報ではあるが、タンザニアで九千万年前の地層からオーパーツと共に年賀状が発見されたとも聞く。これは、どう見てもイオン式鍍金装置に見えるらしい。不思議なことである。
 私が年賀状を書かなくなったのは大学に入り一人暮らしを始めてからである。書かなくなった初めの年はその前年と同じくらいの枚数の年賀状をもらった。翌年にはそれが半分に減った。更に翌年にはその半分に減った。もしかしたら、年賀状だと思っていたがあれは放射性同位元素だったのかもしれない。恐ろしいことである。
 旧年中に結婚した人はよく結婚式の写真を年賀状にして送り付けてきたりするがあれはやめてほしい。余白に「お前も今年はそろそろ」などと書くのはもっとやめてほしい。ふん。結婚しようとしまいと私の勝手ではないか。しくしくしく。
 いかん。取り乱してしまいました。
 年賀状に印刷されている結婚式の写真ではキャンドルサービスをしているところ、というのが比較的多いが、中にはゴンドラで降りてきているところなどという恥ずかしいものもある。ゴンドラはやめてほしい。どうせならゴンドラではなくマンドラゴラにしてほしい。夫婦が森の中でポチにマンドラゴラを引っ張らせている写真だ。なぜポチに引かせるかというと、マンドラゴラは引き抜く時に人間の叫び声のような音をたて、それを聞いた人は死ぬと言われているからだ。二人とも耳を塞いでいる。音を聞くと死ぬ。やばい。気を付けろ。ぎゃっ。そんな写真の下に「これが二人のはじめての共同作業です」とでも書いてあればなかなかお洒落ではないだろうか。
 子供が生まれた家庭では子供の写真を年賀状にしたりもする。「ぼく、かつみくんでしゅ。よろちくね」などと書いてあったりする。誰だ、お前は。
 小学生の年賀状は絵文字になっていることが多い。「おめでとう」が「尾」の絵、「目」の絵、「手」の絵に濁点、「塔」の絵となっていたりするのだ。または「謹賀新年」の代わりに、「麕」の絵、「娥」の絵、「臻」の絵、「黏」の絵が書いてあることも多い。どんな絵だ。あるいは「賀正」の代わりが「がちょーん」の絵だったりもする。だから、どんな絵だ。
 他にも、小学生が年賀状に「おもちをたべすぎないようにしよう」と書くのは有名な話である。どれだけ喰おうと余計なお世話である。
 さて、つらつらと年賀状についての雑感を述べてきたが、そろそろ終わりにしよう。
 それにしても、毎年上司から年賀状が届くというのにこちらから出さないというのもなかなか図太い根性が必要なことである。気が弱くて悩んでいるそんなあなたにも、是非この方法で太い神経を養うことをお薦めしたい。


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1998/11/16
文責:keith中村
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