第173回 二十五回忌


 祖父の二十五回忌法要をせねばならぬ、ということなのである。
 通常、法要というのは地元の菩提寺でやるものだが、今回は宗派の総本山へ赴いて行うというのだ。
 我が家は真言宗なので、総本山は高野山である。有名な霊場である。どれくらい有名かというと、「高野山金剛峯寺」「比叡山延暦寺」「天保山ハーバービレッ寺」と、俗に関西三大霊場と称されるほどなのである。真言宗と聞くと「オンアボキャベイロシャノウマカボダラ」などと怪しげな呪文を唱える密教だと思っている人もいるようだが、それは誤解である。私はそもそも信心深くないので、せいぜい子供のころに孔雀明王経をこっそり読んで空を飛んだことがあるくらいである。それもたった二度である。
 ところでなぜ地元の菩提寺ではないのかといえば、祖父が死んだとき、高野山に分骨したらしいのだ。で、今回はそちらへ赴くのだ。私も最近まで知らなかったのだが高野山には金剛峯寺以外にうじゃうじゃと寺がある。納骨しているのはそのうち、高野山に入っていちばんはじめにある寺である。二十五年前、祖父の葬式のあとやはり総本山にも納骨せねばと考えた祖父の息子つまり我が父は、高野山へ登った。ところが途中で疲れてしまい面倒臭くなったので、いちばん初めに見つかった寺に依頼したというのである。いい加減な父である。
 で、今回高野山に赴くのは私と母と姉ポエマーの三人である。施主であるところの我が父は面倒臭いという単純な理由で不参加となった。いい加減な父である。
 さて、くだんの寺に到着した。
 寺務所で受け付けを済ませる。母が必要事項を口頭で述べ、係の坊主が書類を埋めてゆく。
「で、戒名は」
 祖父の戒名には「宝岳」という部分がある。母が説明する。
「ええと。宝、それに、山岳の岳です」
 坊主がそれを書き留める。
 ぼんやり見ていた私は間違いに気づいた。坊主は「宝岳」ではなく「宝缶」と書いたのだ。母も姉も気づいていない。指摘しようかなと思ったが何となく抛っておいた。それから待ち合いの部屋に通される。筒井康隆の「遠い座敷」に出てきそうなずらりと並んだ和室のひとつである。
「あのさ」
 私はここで初めて先程の坊主の誤字を告げた。
「宝缶」ではタカラ酒造の缶チューハイのようである。祖父はアル中だったからそれも一興ではあるが。あるいは「幇間」すなわち太鼓持ちと同じ発音である。いずれにしてもやや情けない。
「どうしてそういう大事なことをすぐ言わないのだ」
「だからお前は駄目なのだ」
「そんなことだからもてないのだ」
 母も姉も口を極めて罵る。もてないのは関係ないと思うがいかがなものかと。
 とりあえず早急に訂正しないといけない。
「あんたが言いなさいよ」
「やだ。母さん言ってくれ」
「そんなの言いにくいわ。あんたが言って」
 押しつけあいである。
「これというのもその場で指摘しなかったお前が悪い」
 そしてまた悪口讒謗罵詈雑言。だから、もてないのは関係ないんだってば。
 やがて呼び出しに坊主がやってきた。
「あの。先程の戒名なんですが」
 卑屈なほど遠慮がちになって、ようやく訂正した。
「ええ。判りました。さっそく直しておきます」と坊主がにこやかに答える。
 さて、法要が始まった。不思議な旋律でもって坊主が三人がかりで読経する。足が痺れていかん。ようやく読経も終わりかけた頃、坊主が祖父の戒名を読んだ。
 こういう展開ではお約束のことであるが、きっちり「ほうかん」と読んだ。直っとらんではないか。
 やれやれ。それにしてもつつがなく供養も終わった。つつがなくなかったかもしれぬが。
 まだ時間も早いので奥の院へ行こうと母が言いだした。奥の院というのは空海が入定した場所で、今ではたくさんの墓や慰霊碑が建っている場所である。
 奥の院へ行く途中、観光地のような商店が集まっている場所を通った。
 しかしよく見ると普通の観光地とはやや違う。
「まじない秘法うけたまわります」
 かと思えば骨董屋があり、陳列棚にマリアのレリーフが並んでいる。
「踏み絵。六万七千円」
 高野山侮りがたし。高野山は夢と魔法の王国である。
 さて奥の院へ到着した。
 いきなり目に飛び込んでくるは巨大なロケット。吃驚して見ると、宇宙開発で殉職した人間への慰霊碑であるようだった。しかし、日本でそういう死者いたっけ。
 建築会社の建てている慰霊碑も多い。やはり建築現場で殉職した人間は多いのだろう。
 銀行が建てているのもあった。多分、責任を被って首をくくった職員への供養だろう。そうに決まっている。
 供養されているのは人間だけではない。
 落書を供養する慰霊碑もあった。理解に苦しむ。
 中でもいちばんすごかったのはこれである。
「しろあり やすらかに ねむれ」
 白蟻の慰霊碑である。どこかの害虫駆除会社が建てたものらしいが、殺しておいて「やすらかに ねむれ」はちょっとあれではないだろうか。
 奥へ進むにつれて古い墓が増えてくるのだった。
 浅野内匠頭の墓、加賀前田家の墓、徳川家の墓。さながら墓の展覧会である。
 ふと見ると法然の墓があった。
 あれ。法然って浄土宗だったはず。しかもどちらかというと比叡山に関係してるんではないのか。
 そういう疑問を母に呈してみた。
「関係ないのよ、そんなの」
 うーむ。そういうものか。
 ほんとに何でもあり、という様子であった。
 この分では、探せばモーゼの墓やキリストの墓も見つかりかねない。
 いや、それどころか、頼朝公御歳十二歳の時の墓だってあるに決まっている。そうに決まっている。
 高野山。そこはミラクルワールド。


新着順一覧 − 日付順一覧 − 前を読む − 次を読む − トップページ


1998/10/26
文責:keith中村
webmaster@sorekika.com