第168回 ウェイク・ミー・アップ


 最近すっかり睡眠時間が少なくなった。正確に言うと少なくてすむようになった。
 六時間眠れば十分、少なければ四時間くらいでも何てことはない。学生の頃はもっともっと惰眠を貪ったものであり、平均すれば一日十二時間くらいは眠っていたのではないか、と思う。しかし、今では余程疲れていても八時間も眠れば自然と目が醒めてしまう。
 これが歳をとったということなのか、とやや不安ではある。
 いちばん長く眠ったのは、やはり学生のときで、二日ほど続けて徹夜麻雀をしたあとであった。ふらふらになって昼くらいに蒲団にもぐり込んだ。泥のように眠りこけて目を醒ました。時計を見ると六時くらいである。はて、六時間くらいしか寝ていないのにやけに寝覚めがいいなあ、とテレビをつけると朝のニュースをやっていた。何のことはない、十八時間も眠っていたのである。
 似たようなことは何度かあった。季節によると、早朝五時六時と夕方五時六時というのはおなじくらいの暗さなので、起きて時計だけ見るといったい朝なのか夜なのか判らなくって困る。こういうときにいちばん確実なのは電話で時報を聞くことである。なんて自慢げにいうことでもないか。
 ところで、その頃はいったん眠るとよほどのことでもない限りは眼を醒まさなかった。だから、どうしてもある時間に起きなければならないようなときには、目覚まし時計だけではなく、ステレオとテレビをそれぞれ大音量にしてタイマーを仕掛けておくようにした。それでもなかなか起きられずに困ったものだ。
 ところで、私は学生のころ映画研究部という自主映画を作るクラブに所属していたのだが、こんなことがあった。
 その頃、友人が私を主演に映画を撮っていた。主演というと聞こえがいいが、コメディである。まあ、それは別の話として、あるとき翌日早朝から撮影があるというのに私は徹夜で麻雀をしていて明けがた眠りについた。
 以下は、私が眠っている間のできごとであるから、関係者の証言をもとに再構成したものである。
 撮影の集合場所はアパートの私の隣りの部屋であった。時間になっても私が現れないので、ひとりが様子を見にきた。
「どんどん。おうい。おうい。起きてるか」
 返事がない。起こしにきた男は隣りの部屋に戻って皆に伝えた。
「あかん。どうやら寝てる」
 今度は三人がかりで私の部屋の扉を叩きはじめた。「どんどんどんどん。こらこら。起きろ。起きろって。どんどんどん」
 甘すぎる。こんなことで起きる私ではないのだ。
 監督をやっていた男が指示を出した。「よし、お前は電話をかけろ。出るまで鳴らし続けろ」
「はい」
「お前とお前はノックしつづけろ」
「わかった」
「お前とおれは、となりに面している壁を叩くことにしよう」
「うん」
 ひとりの後輩が名乗りを挙げる。「じゃ、僕は窓づたいに隣りに行って起こします」
 それぞれが私を起す行動に出た。
 扉を連打する。どんどんどんどん。
 壁を蹴る。どーん。どーん。
 電話をかける。るるるる、るるるる。
 だが、そんなことくらいで私は起きないのだった。
「駄目です」窓から私の部屋に侵入しようとした男が戻ってきて報告した。「鍵が掛かってて開きません」
「で、中は見えたのか」
「はい。えらい気持ちよさそうに寝てます。腹立つくらいに」
 やがてひとりが言った。「あの窓から入れないかな」
 部屋の廊下に面した側に流しがあり、その上に換気用の小さな窓があったのだ。
 隣りの部屋から椅子を持ち出して、その小窓の下に置く。その上に乗る。
「どうだ。開くか」
「鍵がかかってます。でも、これレールから外せそうです。えい。お、外れた」
 窓ごと外したのだ。無茶苦茶である。
「ああ。駄目です。狭過ぎて入れません」
「そこから呼べ。起こせ」
「わかりました。ねえ。朝ですよう。起きてください。ねえ、先輩。朝ですよう」
 それでも私は起きないのだった。
「よし。僕に任せてください」
 ひとりがそう言った。どこから探してきたのか、長い竹竿を持っている。先端にはゲームセンターの景品のぬいぐるみが結わえてある。
 ここまでは、あとで聞いた話である。
 そして、ここから先が私の記憶である。
 私は眠っていたのだが、何やら顔にごつごつ当る感覚で眼を醒ました。眼を開けると、ウルトラマンのぬいぐるみが私の顔の横で踊っている。ウルトラマンが私の顔をつんつんつついている。
 何だ、これは。
 ぬいぐるみを見つめる。何やら竿のようなものが延びている。
 ぼんやりした頭でその竿を辿り、流しの上の小窓を見た。
 ひとりの後輩が頭だけ出して、必死に竿を操っている。私と目があった。
「あ」
「あ」
 お互い、口をあんぐりと開けていたと思う。
 後輩の顔が窓から消えた。廊下から声が聞こえてきた。「起きました。とうとう起きましたよ」
 廊下で、どう、と歓声があがった。「やった。よくやった。偉いぞ」
 私は何が何だか判らず、その喧騒を聞きながらウルトラマンを眺めていた。
 他に何ができようというのだ。


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1998/10/12
文責:keith中村
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