第166回 ツッコミ道


 一般に大阪の人間はすべて「ボケ」と「ツッコミ」に大別されると信じられている。大阪人の日常会話はまるで漫才のようであるということがまことしやかに喧伝されているのだ。
 しかしである。私は大阪に住むひとりとして、ここではっきりと言っておきたい。
 これらの噂はまったくの事実である。
 さて、ボケとツッコミは相互補完的なものであり、どちらが欠けてもまっとうなコミュニケーションは成立しなくなるのだが、さてではどちらがより重要かという問いに私は、ツッコミである、と答えておこう。たしかに芸能史上の漫才師をふり返れば、多くはボケの方が過酷な生存競争に生き残っているようにも見える。紳介竜介では島田紳介が、ツービートではビートたけしが、現在でも一線のコメディアンとして活動を続けており、一方ツッコミであった相方の松本竜介やビートきよしはいまや年にほんの一度か二度芸能番組のレポーターとしてその姿を見ることができるのみである。
 しかし、それでも私は言いたい。重要なのはツッコミのほうである。たとえるなら、それはギターソロに対するバッキングのようなものである。確かにある種のギターソロはたいへん派手で格好よいものである。しかし、それらは着実なバッキングの上にはじめて成立するものなのである。
 ところで、特に関西圏以外の地域にお住まいの方の中にはツッコミというものをあまりよくお判りでない向きも多かろう。関西弁では「なんでやねん」、標準語では「よしなさいって」といえば、それがツッコミになる、と安易にお考えの方も多いのではないか。
 否。否。否。千遍否。あなたは間違っている。ツッコミというのはもっともっと奥が深いものなのである。
 確かにもっとも普遍的なツッコミとは以下のようなものである。
「いやあ、うちの妻(さい)が言うんですが」
「なんや君、犀飼うてるんか」
「なんでやねん。サイいうたらツマじゃ。嫁はんじゃ。家内じゃ」
 これは音楽のコード進行でいうなら、I−VIm−IV−V7、すなわち、CのキーでC−Am−F−Gというのと同じ極めて基本的なものである。しかし、それだけにあまりに単調であるといわざるを得ない。
 この基本型ツッコミの発展形に「ノリツッコミ」と言われるものがある。
「いやあ、うちの妻が言うんですが」
「なんや君、犀飼うてるんか」
「そうそう。天王寺動物園勤めてる知りあいから、一匹貰てきてなあ、って、その犀違うわ」
 ボケの言葉に途中まで乗ってゆき、突然ツッコミに戻るという技術である。
 これはC−E−F−Gというコード進行に対応するものであろう。つまり一瞬、おや転調したな、と思わせておいてしかしちゃんとドミナントへ解決してゆくのである。
「ボケツッコミ」というものも存在する。
「いやあ、うちの妻が言うんですが」
「なんや君んとこのあれ、奥さんやと思てたら、犀やったんか」
「なんでやねん。あれはゴリラじゃ」
 このようにボケにボケで返すという技である。これはさながらC−Eb−Bb−Cという趣であろう。
 ここまではある程度訓練すればなんとかこなせるものであろうと思うが、ツッコミはこれですべてではないのである。
 トリッキーなツッコミの代表選手、それが「マイナス一秒ツッコミ」であろう。しかし、「マイナス一秒ツッコミ」を説明するためにはまず「零秒ツッコミ」の知識が必要だ。
「ちょっと、そこの座布団取って」
「ああ、座布団いうたら、エリック……」
「そら、クラプトンや」
 つまり相手のボケにノータイムでツッコミを入れる、これが「零秒ツッコミ」である。だが、「マイナス一秒ツッコミ」はもっと凄いのだ。何しろ相手がボケる前に突っ込んでしまおうというのだ。
「昨日、新しい鞄買うたんやけど」
「ああ、鞄いうたら」
「そら、カランじゃ」
 お判りだろうか。相手が「鞄いうたら、シャワーと蛇口切り替えるやつ」と言うことを見越してツッコミを入れるのである。この技はあまりに凄過ぎてコード進行にたとえられないのであった。
「マイナス一秒ツッコミ」の達人の会話ほど凄まじいものはない。
「そろそろ秋やねえ」
「秋と言えばやっぱり」
「そら、エリゼ宮や」
「そやね。でも僕なら」
「そら、大吟醸やがな、君」
「いやあ、しかし、来年は」
「それも言うなら防災訓練や」
「そういう君かって」
「ど阿呆。メルカトル図法や」
 将棋の名人は何十手も先を読むというが、それ以上である。予知能力と言っても過言ではなかろう。
 しかし、究極のツッコミと言えばやはり「ポストモダン・ツッコミ」にとどめをさす。ポストモダン・ツッコミではすべての会話は完全に脱構築されてしまうのであった。
「最近僕、スポーツに凝っているんですが」
「キエーッ。チャカポコチャカポコ」
「スポーツジムに入りましてね」
「今度カラオケを御一緒したいはらたいらさんに三十二メガバイト」
「そこがね、プールも完備してあって」
「嗚呼。どこへ行ったかテレシコワ」
「体力に応じた運動メニュー作ってくれるんですわ」
「趣味は全国各地の靴べら集めっす」
「で、体力測定したらね」
「エッエッエッ。お前さんの見たのはこんな顔だったかい」
「まだ僕、二十代前半の体力やて。凄いやろ」
「やだやだやだ。ぼくちん、味噌ハンバーグが食べたいんだいッ」
「で、君は何かスポーツやってるんか」
「鼻毛」
 ツッコミの道はかくも険しく長い。


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1998/10/08
文責:keith中村
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