第165回 確かめない


 少し前に、指をからませて拳を組むときにどちらの手が上にくるか、ということについて少し触れたが、先日知人と話していると、たまたまその話が出た。
 彼は、右手が上にくる人間は左脳型人間で、左手が上にくるのが右脳型人間だと主張するのであった。
「ふむ。しかし、どうしてそうなるのだ」
 そう質問する私に彼が言うには、この拳を組むという動作は非常に条件反射的なものであり、それゆえ左右の脳のうち、すこしでも早く指令を出した方の手が優先的に上にくるのだそうだ。
「左脳型人間は、左脳が先に反応する。左脳は体の右半分を司っているので、その指令を受けた右手が上にくるのだ」
 なんとも自信ありげにそう言うのだった。条件反射ってそういうものであったかなあ、と訝しむ私に彼は「とにかくそうなんだから仕方がない」と言い張り、続けて「これは、人間の思考回路に関わりが深いんだ」とのこと。
 つまり右手が上にくる人間は論理的で、左手が上にくる人間は情緒的というか感覚的なのだそうだ。
「さらに」
 続けて彼は言う。「腕を胸の前で組んでみろ」
 組んだ私の腕を見て、彼は言うのだった。「ふむ。左手が上に来ているな。それは感覚的に行動する証しだ」
「どういうことだ」
「拳と同じだ。左手が上にくる人間というのは右脳による動作だから感覚的なんだ」
 私は右手を上にして拳を組むので、それは左脳型人間ということではなかったのか、と疑問を呈すると彼は、
「だから、君は論理的に考えて、感覚的に行動する人間なのである」
 言い切られてしまった。
 どうして、拳を組むのが思考に関係あって、腕を組むのが行動に関係あるのか、さっぱりわからない。非常に胡散臭い話である。しかし、話としては面白い。酒の上の話題にはできるだろう。
 私は「論理的に考えて、感覚的に行動する人間」だそうだが、考えてみればこれは当っているかもしれない。私はたいていの場合、頭の中で緻密に慎重に考えて考え抜いて、だがしかし行動にはその考えがまったく適用されることなく、大阪弁でいう「ええい、ええから、いてまえ」ということをやってしまう人間なのだ。要するに考えてるのがまったく無駄になっているのである。大きなお世話だ。抛っておいてくれ。
 とにかくそんなわけで私は道に迷うことが多い。長らく神戸に住んでいたことも関係するのかもしれないが、私には方向感がないのだ。神戸は海と山に挟まれた横長の土地なので、どこにいても東西南北がはっきり判る。仮に海や山が見えないようなビルの谷間であっても、道という道がすべて坂になっているから、高いほうが山側、低いほうが海側と判別できるのである。しかし、大半の土地ではそういうわけにはいかない。
 就職するとき、面接に会社に行った。略図や地図がなかったのだが、住所は判っていたので何とかなると思い、出かけた。住所は「淡路」というところだったのだが、もちろんこれが兵庫県の淡路島であるわけがない。私は阪急電車の淡路駅で降りた。電柱に貼ってある町名番地の表示を辿って到着したのは何軒かの小さな商店が集まっている一劃であった。目的のビルが見当たらない。何度かうろうろして見たが、やはりその番地である。おかしいな、と思いそこにあった八百屋に入って訊いてみた。
「さあ、そんなビルは知らんなあ」と八百屋のおばちゃん。
「おかしいなあ」
「兄ちゃん、ちょっと住所見せてみ」
 住所を書いた紙を渡したのだが、それを見た八百屋のおばちゃんはしばらく黙り込んでからぽつりと言った。
「……兄ちゃん。これ、中央区の淡路や」
 大阪の人ならお判りだろうが、私は中央区の淡路へ行くつもりで東淀川区の淡路に行っていたのだ。この両者は全然違う。慌てて会社に電話して、行き方を教えて貰った。地下鉄で目的の駅に行く。電話で地下鉄の出口を聞いてはいたのだが、私はとりあえずそれとは別のいちばん近い出口で外に出た。もちろん地下鉄の出口というのはひとつ違うと全然違う場所に出たりするものである。それでも何とかなると思い、電話で教えてもらった目印を探して歩きはじめた。いくら行っても目印に聞いていた看板やらビルやらがない。随分歩いて、また電話した。
「すみません。迷いました」
「今どこですか」
「それが、わかりません」
 近くに見えるものを伝えると、電話のむこうで二、三人がわいわいと言っている。どうやら地図を持ってきて私の所在を確認しているようであった。しばらくして、電話の向こうから声がした。
「あなたはとんでもなく間違ったところにいます」
 とんでもなく間違ったようだ。
 しかく私以上に確かめない人は多い。
 世の中には二種類の恋人たちがいる。普通の言葉で会話する恋人たちと、赤ちゃん言葉で会話する恋人たちである。普通の言葉しか用いない人種には信じられないかもしれないが、赤ちゃん言葉で会話する恋人たちは結構多いんでしゅよー。私の友人がその種類の人間であった。仮にYとしておく。
 Yにはひとり暮らしの彼女がいた。
 ある夜Yは自室に招いていた彼女が自分のアパートに帰りついた時間を見計らっていつものように電話を掛けた。ほとんど彼女以外には電話を掛けないからリダイアル一発でつながる。
「もちもちー。Yしゃんでしゅー。んんー、きょうこたん、さっきは素敵でちた。んー。ちゅー」
 もちろんいきなり赤ちゃん言葉である。ところが彼女の反応がいつもと違う。
「もしもし。え。もしもし。どなたですか」
「んー。またまたあ。Yしゃんでしゅー。きょうこたん、冗談はやめるでちゅよー」
「え。え。もしもし」
「いつまで続けるんでしゅかー。大人っぽい声出しちゃって」
「もしもし。どちらさまですか」
 この辺りでようやく状況がおかしいことに気づいた彼は、確認した。
「あの、もしもし。そちら、田中さんのお宅ですよね」
「はい。そうですが……」
 なあんだ、やっぱりからかってるんだ。そう思ったYは続けた。「んー。もう。やっぱりそうじゃないでちゅか。きょうこたん。きょうこたん。好き好きー」
「……あの。わたし……きょうこの母ですが」
 そこで彼はようやく思い出したのであった。彼女が「もしもし。母さん。私、うん、元気にしてるから」と、夜遊びのアリバイづくりのために彼の部屋から母に電話していたことを。リダイアルボタンを押した彼は、彼女の実家に電話してしまっていたのであった。
 吃驚して電話を切った彼は改めて彼女に電話した。
「もちもち。Yしゃんでしゅー。あのねー。今とーっても吃驚ちたんだよー。あのねー」
「……あの。……もしもし」
 再び当惑しきった声の母親が出た。
 動転していた彼は、いつもの癖でまたリダイアルボタンを押していたのだ。
 確かめない人は悲劇を招く。 


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1998/10/06
文責:keith中村
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