第161回 軽犯罪法


 軽犯罪というのはもちろん軽い犯罪のことであり、軽犯罪法はそれを取り締まるための法律である。ところで、あなたはどのような行為が軽犯罪に該当するかをご存じであろうか。恥ずかしいことに私はほとんど知らなかった。せいぜい、立ち小便をすることがそれに当る、という程度しか知らなかったのである。
 だが考えてみればこれは、知らない、で済ましてよいものでもなかろう。集団や共同体に所属する人間はすべからくその集団共同体の規則を理解しておくべきなのである。思えば私は「ロボット三原則」や「探偵小説三原則」など毛唐の作った、しかもおよそ実生活において何ら必要のない規則は知っているくせに、日本という国家の規則についてはあきれるほど知らない。私が間違っていた。間違っていてすみません。
 安穏にカレーなどむさぼり喰っている場合ではなかったのだ。私はもっと法律について知っておくべきだったのである。反省します。悪うございました。
 そんなわけで、反省した私は六法を繙いた。眺めてみると、身近な問題に関る法律も結構たくさんある。

「遺言の方式の準拠法に関する法律」
 あまねく全ての人間はやがて神に召されてゆく運命であるから、遺言は大きな問題である。私だって末期には「丑と寅が龍の顎の先端にて出会うとき、柿の木の影落つる先を掘れ」などと言ってみたい。

「消費者保護基本法」
 あまねく全ての人間は消費者でもあるのだから、大きな問題である。

「失火ノ責任ニ関スル法律」
 あまねく全ての人間は失火してしまう可能性を持っておるのだから、大きな問題である。

「航空機の強取等の処罰に関する法律」
 あまねく全ての人間はハイジャック犯になる可能性を持っておるのだから、大きな問題である。

「日刊新聞紙の発行を目的とする株式会社及び有限会社の株式及び持分の譲渡の制限に関する法律」
 あまねく全ての人間は日刊新聞紙の発行を目的とする株式会社及び有限会社の株式及び持分の譲渡の制限を受ける可能性を持っておるのだから、大きな問題である。

 どれもこれも重要な法律に見えるが、さておき今は軽犯罪法である。
 私は軽犯罪法の条項を読んだ。驚いた。軽犯罪法はちょっとかなりなことになっておるのであった。
 まず、「人が住んでおらず、且つ、看守していない邸宅、建物又は船舶の内に正当な理由がなくてひそんでいた者」は拘留又は科料に処せられるのだそうだ。正当な理由があればひそんでいてもいいように読めるが、ではさて、それはいったいどんな理由だ。かくれんぼ、とかそういうあれなのか。

「正当な理由がなくて合かぎ、のみ、ガラス切りその他他人の邸宅又は建物に侵入するのに使用されるような器具
を隠して携帯していた者」
 どうやら隠して携帯することがよくないようだ。堂々とぶるんぶるん振り回しながら携帯すれば大丈夫だと思う。

「みだりに船又はいかだを水路に放置し、その他水路の交通を妨げるような行為をした者」
 これには驚いた。こんなことが罪になるのだ。誰しも一度や二度はみだりに船や筏を水路に放置した経験はおありだろうと思う。少なくとも西瓜割りしたことがある人より、こっちの方が多いだろう。ありますよね、あなたも。ああしかしそれは罪だったのだ。筏は罪。

「相当の注意をしないで、銃砲又は火薬類、ボイラーその他の爆発する物を使用し、又はもてあそんだ者」
 相当の注意をしていても、銃砲は駄目じゃないのか、と思うのだが、その辺はどうなっているのだろうか。

「人畜に害を加える性癖のあることの明らかな犬その他の鳥獣類を正当な理由がなくて解放し、又はその監守を怠つてこれを逃がした者」
「ポチや。ポチや。いつも鎖につないでてごめんね。今日は思いっきり羽根をのばしていいからね。ゆけ、ポチ」「ばさばさばさばさ。くけけー。くけけー」「おいおいおい。君、そりゃまずいよ」「いけね。お巡りさんだ」「ちょっと署まで来てもらおうか」「いや。あのね」「くけけー。くけけー」「ああん。ポチや。ポチや」「くけけー」

「正当な理由がなくて変死体又は死胎の現場を変えた者」
「君ねえ。勝手に死体を動かしちゃいけないことくらい、知ってるでしょ。今日びテレビの刑事ドラマ見てたら子供でも知ってることよ。なのに、どうしてあんなことしたの」「だって」「何」「だって、気持ち悪かったんです。腸なんかはみ出しちゃってるし、眼からなあんか白いのがどろりと出てるし。蛆だっていっぱい湧いてたんですよ。それに……ちょうど生ゴミの回収日だったし」

「公衆の目に触れるような場所で公衆にけん悪の情を催させるような仕方でしり、ももその他身体の一部をみだりに露出した者」
 たしかに、嫌悪の情を催させるような人はやってはいけない。でも、むしろやってくれたら嬉しい種類の人間だっているのではないかな。ええっ。こおんな可愛い子がこおんなことしちゃうの。

「こじきをし、又はこじきをさせた者」
「お前ねえ、いつまでもめそめそしてたって仕方ないでしょ。こうなっちまったんだから、もうなりふり構ってらんないよ」「でも。やっぱり格好悪いし」「そんなこと言ってたらおまんま喰いあげよ。死んじゃうよ」「でも」「大丈夫大丈夫。俺なんか、この道二十年のプロだから。俺の言ったとおりにやってれば大丈夫」「やだなあ」「何か言ったか」「いえ。別に」「じゃ、俺の言った通りしなよ。行くよ。右やあ左のお、旦那さまあ」「右やあ左のお、旦那さまあ」

「人畜に対して犬その他の動物をけしかけ、又は馬若しくは牛を驚かせて逃げ走らせた者」
「せーのっ。わっ」「ひっ。ひひいん。ぶるぶるぶる。ひひいん。ぱからっぱからっぱからっぱからっぱからっぱからっぱからっ」「ああ。こらこら君きみ」「ぱからっぱからっぱからっ」「やべえ。お巡りだ。逃げろっ」「ぱからっぱからっぱからっぱからっぱからっ」

 侮りがたし軽犯罪法。我々の周囲はやってはいけないことづくめだったのである。無知というのは恐ろしい。知らなければやってしまっていたであろうことも数多いのだった。
 これを読まれた諸氏は軽犯罪法に触れぬようくれぐれも気をつけていただきたい。怪鳥にポチなどと名づけて飼ってはいけない。


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1998/09/23
文責:keith中村
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