第156回 漢方的實演


 臺灣に来ているのである。社員旅行なのである。観光旅行だからバスに分乗してあちらこちらと引っ張りまわされるのである。
 元来私は旅行というものがそれほど好きではない。予定に追われてあたふたといろんな場所を巡り、写真を取り、デュティ・フリー・ショッパーズで土産を買って帰るという行為が、それほど素晴らしいものであるとは思えないのだ。
 世の中には「旅行」と似た行為に「旅」というものがある。
 私はこの「旅」という言葉にまとわりつくへっぽこ浪漫な香りも、好きではない。旅は人を似而非ロマンチストに変えるのである。由々しきことである。
 文句ばかり書いているが、まあ、要はひねくれ者であるのだ、私という人間は。
 それはともかく臺灣に来ているのである。臺灣の街並みというのはかなり日本に似ているのであった。違いはというと、看板やらなにやらがほぼすべて漢字で書かれているということくらいだろうか。そして、この漢字もほぼすべて正字、日本でいうところの旧字なのである。この島では中国本土で毛沢東がやったような漢字改革も、日本でGHQがやったような教育改革もなく伝統的な正字を使い続けているのであった。正字あるいは旧字が好きな私にはこれは喜ばしいことであった。
 バスは中正紀念堂という建物に着いた。蒋介石の死後に彼を称えるために建造されたものであるという。やたらと大きな建築物の中に、大きな蒋介石が鎮座している。譬えていえば、ガンダムくらいの大きさだろうか、それくらいの蒋介石の模型が椅子に腰掛けているのである。模型、ということもなかろうが。
 その巨像の両側に警備兵というのだろうか、銃剣を携えた人間が左右にひとりずついる。これがまったく動かない。じいっと見ていても微動だにしないのである。あんまり動かないので、これも人形かと思ったら、瞬きはしている。いったい、彼らはどうやったら動くのであろうか。近くにいた後輩の社員に話しかけた。
「ああ、君きみ」
「はいはい。なんですか」
「あのね、今から一緒に叫ぼう」
「何てですか」
「毛沢東万歳。共産党万歳」
「……嫌ですよ。ひとりでやってください」
 張り合いのない奴である。ひとりじゃ恐いからやめることにした。
 次にバスで何やら怪しげな漢方薬屋に移動した。四階建くらいのビルなのであるが、その二階にある部屋に通される。会議机がたくさん並んでいるところにみんな座らされる。しばらくして年配の男性が現われた。
「あー。みなさん、きょうはようこそ。きょうはみなさんに漢方の實演するのことです」
 戦前生まれだろう老人は流暢な日本語で話すのである。しかし、漢方の実演とはどういうことか、と訝っていると上半身裸の若い男が登場した。手には鉄筋コンクリート用の鉄骨を持っている。
「これからこの男が鉄骨曲げる」
 手で曲げるのかと思っていると、やにわに男は鉄骨の一端を咽喉にあてた。もう一端は固定されている。「はー。はー」男は何やら呼吸を整えている。「はっ。はいやー。はいっ」
 そう言ったかと思うと、男はそのまま全体重をかけて前のめりに体を傾けた。鉄骨がぐにゃりと曲る。咽喉で鉄骨を押し曲げたのである。
「彼はお國のフチテレビの吃驚人間の番組にも出たよ」と老人。
 確かに吃驚である。しかし、これは漢方の実演なのか。何だかよく判らないことになっている。
 次に頭のやや薄い小男が出てきた。今度は何をするのかと見ていると、グリコのキャラメルをひとつ取り、それを円錐状に丸めて机上に立てる。次に三〇センチくらいに切った砂糖黍をとり出して、「はいやー」という声とともに円錐のキャラメルに叩きつけた。と、ちょうど釘を打ったように、柔かいキャラメルが固い砂糖黍の茎を貫通したのである。何だなんだ、どういうことだ。これも漢方の実演というやつなのか。
「これが気功です」
 ちょっと待て。手品だろ、むしろ。
 次にまた鉄骨を曲げた男である。ガスバーナーで鉄鎖を真赤に焼く。老人が言う。「この鎖、熱いね。熱い熱いよ。こんなの握ったら大火傷するね」
 鉄鎖に紙を近付けると、めらめらと燃え上がる。
「この男がこれを握るね」
 なるほど。有名な大道芸である。灼熱した鉄を握っても、まず手の水分が蒸発し、それが皮膜になって決して手は鉄に触れないので火傷はしない、というやつである。つまりは勇気さえあれば誰にでもできるという奴だ。
 男はまた呼吸を整えるのである。「はっ。はー。はいやー」
 で、鎖を握ってそのままぐっとしごく。
「ほひー。ほひー」
 男は顔を顰める。老人が言う。「はい。握ったね。この男、大變ね。手、大火傷ね」
 ふむ。
「でも、大丈夫のことね。なぜなら、ほら、ここにあるこの藥ね。これをちょちょと付ける。で、拭き取るね。ほらほら。火傷治ってる」
 なるほど。そう来たか。蟇の油売りそのものである。
「はい。こんなによく効く藥を今日はみなさんに特別に格安で賣るのね」
 何のことはない。いわゆるキャッチセールスとか催眠商法とかSF商法とかいう奴ではないか。今どきこんなのに引っ掛かる奴なんて……あれ、あれれ。どういうことだ。結構みんな買っている。
 ちょっとどうかしているぞ。買ってどうするつもりなんだ。そんな火傷しないぞ、普通。
 それに。したらしたで病院行くよな、ふつう。
 臺灣。それは夢と魔法のワンダーランド。


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1998/09/07
文責:keith中村
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