第146回 アイム・オンリー・スリーピング


 エロマンガというものがある。今回私が言っているのは島の名前ではなく、セックスを題材としたあの喜ばしい、もとへ、いやらしい種類の漫画のことである。
 あるいは、料理漫画というジャンルもある。かつて、そういう種類のものが出はじめたときには、色物というかバブル時代の仇花というか、私はすぐに消え去る運命のものと思っていたのだが、予想に反してすっかり定着してしまった。
 ところで人間には三大欲求というものがあるとされており、いわく性欲食欲睡眠欲である。
 だが、漫画のジャンルを考えてみるとこうやって性欲や食欲を扱うものはあるのに、不思議と睡眠を扱うものが見当たらない。
 民話やお伽話には、「三年寝太郎」や「眠り姫」のように睡眠を題材にしたものもある。しかし漫画にはないのだ。辛うじて思いつくのはのび太が「1、2、3、グウ……」と、どこでもすぐに眠れる才能を持っているという挿話くらいであり、もちろんこれだってあくまで挿話に過ぎないのだ。
 これはどうしたことか。
 もしや、あまた存在する漫画家がこの睡眠というテーマにまだ気づいていないのであろうか。そうだとすれば、私はかなり大変なことを思いついてしまったということになる。人類がいまだかつて想像したことのない睡眠漫画というジャンルを開拓してしまったのだ。もしかしたら天才ではなかろうか。ああ、しかし残念なことに私には絵心というものがない。絵を描くということを私はいささか不得手としているのだ。
 たとえば私がドラえもんの絵を描いたとしよう。あんなものは普通、絵描き歌に沿えば誰にでもそれなりに描けてしまうはずのものである。下手なりに「あ、ドラえもん」と判別できる程度のものは描けるものなのだ。ところが私が描いたらどうなるか。ドラえもんにだって臨界点は存在する。これより外れたらドラえもんじゃないよ、という境界線が厳然として存在するのだ。そして私が描いたドラえもんは、その境界線を大きく逸脱し、何の生物か判らないような、いやそれどころか生物かどうかも判然としない奇妙な物体となってしまうのだった。描かなきゃよかったという後悔に三日は苛まれてしまうのであった。私は私よりも絵が下手な人間をひとりしか知らない。その人物はパンダを描いても自画像と誤解されるくらい絵が下手なのであった。まあ、そんなことはどうでもよい。
 そんなわけで、せっかく思いついたこの睡眠漫画というものを私は具現させることができないのである。口惜しい。
 仕方がないのでせめてこの場を借りて、粗筋だけでも紹介したいと思う。
 題名は「スリーパー狂四郎」である。
 名うてのスリーパー夫妻、眠田寝太郎と眠田直子の間に生まれた狂四郎は何ひとつ不自由なく幸せに暮らしていた。ところが、ある日狂四郎が学校から帰ってくると両親が何者かによって惨殺されている。次回の睡眠コンテストに備えて訓練していたところ、寝込みを襲われたのである。嘆き悲しむ狂四郎。結局、狂四郎は両親の師であった睡眠仙人にひきとられることになる。
 睡眠仙人は言う。
「おまえの両親を殺したのは、多分睡魔団の手先じゃろう」
「何ですか、睡魔団というのは」
「眠りによって世界征服を企てる悪の秘密結社じゃ」
「どうやって眠りによって世界征服するんですか」
「それだけは聞かんとってくれ」
「どうして」
「そこまでの設定は考えておらんのじゃ」
「……まあいいでしょう。とにかく僕は両親の仇をとりたい」
「駄目じゃ。まだおまえは若すぎる」
「どうすれば」
「寝るのじゃ。寝る子は育つのじゃ」
 そして仙人の教えを守って眠りに眠った狂四郎はすくすくと成長して立派な青年になった。
「狂四郎よ。おまえもずいぶん大きくなったものじゃ」
「じっちゃん。もう俺は一人前だ。早く仇をとりたい」
「駄目じゃ。たしかにおまえの眠り方はだいぶ堂に入ってきた。しかし、まだおまえは技をひとつも知らぬではないか」
「技」
「そう。技じゃ。何も眠ればよいというものではない。心技体がひとつになっておらぬと睡魔団の連中に勝つことはあたわぬのじゃ」
 そして睡眠仙人は狂四郎に技を伝授するのであった。その技とは「円月睡法」だ。
 かつて多くの人がその習得に挑み、そして帰らぬ人となった恐るべき技、それが円月睡法なのだ。詳しいことは私もよく知らない。
 数々の艱難辛苦の末、ついに狂四郎は円月睡法を身に付ける。
「よし、狂四郎。よくやった」
「じっちゃん。俺は一刻もはやく」
「そうあせるでない。果報は寝て待て、なのじゃ」
「でも」
「もうすぐ、睡眠コンテストがある。それがおまえの最初の晴舞台となろう」
 そして睡眠コンテストが始まった。場内につめかけた五万人の観衆。レフェリーがひときわ大きい声で叫ぶ。
「挑戦者、眠田狂四郎。対するは大会六連覇のウルフ・ザ・ドラウジーッ」
 両者揃ってステージにしつらえられたベッドにもぐりこむ。
「では、用意。1、2、3」
「……ぐう」
「……ぐう」
 勝負の行方やいかに。以下次号。
 そして次の号は「スリーパー狂四郎」連載以来初めての巻頭カラーである。
 狂四郎、寝ている。ウルフ負けじと寝ている。
「ぐうぐう」
「ぐうぐう」
 固唾を飲む観客。
「ぐうぐう」
「ぐうぐう」
 ひたすらに眠る狂四郎とウルフ。
「ぐうぐう」
「ぐうぐう」
 まさに寝ている間に巻頭カラー状態。以下次号。乞うご期待。
 白黒ページに戻った「スリーパー狂四郎」。
「ぐうぐう」
「ぐうぐう」
 あっ。そのとき異変が。
「ぐうぐう。……ん、ん、ふああ」
「ああっと。ウルフが眼を醒ましましたあっ。番狂わせです。大会六連覇無敵の覇者ウルフ、とうとう眼を醒ましてしまったあっ。ウルフの負けですっ」
 どよめく観客。やがてその中から狂四郎コールが起こる。
「狂四郎、狂四郎」
「狂四郎、狂四郎」
「狂四郎、狂四郎」
 さあ、狂四郎。お前の戦いは今始まったばかりだ。睡魔団を粉砕し、両親の仇をとるその日まで。戦え戦え狂四郎。眠れ眠れ狂四郎。ぐうぐう。
 書いてみたいという漫画家の方、連絡お待ちします。印税は七対三ということで。


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1998/08/10
文責:keith中村
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