第142回 ある朝突然に


 そういう場面に出くわすとは、考えたことさえ無かった。ある朝のことであった。それは近ごろ大変珍しい風景である。
 私が仕事場までの道のりを歩いているときのことだ。大阪市中央区というのは大阪の経済の中心地で、大通りに面して高いビルが林立する区域である。しかし、一歩裏通りへ踏込めば、古ぼけた三階建て程度の小さなビルや民家が残されているところだってある。私は仕事場へ赴く途中にそういった一劃を通過することになるのだが、それはそこに並ぶ住宅のひとつであった。
 かつてよく見かけられた、一階より二階がひと回り小さく作られた民家である。一階の屋根に当る部分の、二階の方が小さいために残った狭い空間に、物干しがしつらえてある、そういった建築なのである。その二階部分の物干しにまだ表情に幼い線をとどめる少年が座り、ギターを弾いているのであった。
 私はかなり面喰った。昨今なかなか思いがけない光景である。あたかも二十年ほど昔へ逆戻りしてしまったかのような奇妙な感覚に襲われてしまった。そうなのだ。物干しでギターを弾くというのは、かつて私がまだ幼かった頃にはかなり普遍的に見られた情景ではあるのだ。
 だが、そろそろ二十世紀も終わろうとしているこの時代に、まさかそういったものを目撃するとは夢にも思わず、私は不思議なものを感じたのだが、しかしそれはむしろ好感の持てる種類の印象であった。
 それにしても毎日この道を通っているにもかかわらず、こんなことは初めてである。どうして彼は突然に物干しでギターを弾くという行為に及んだのであろうか。いや、私には何となく想像できる気がする。恐らくそれはこの少年にとって「大人になる」儀式であるのだろう。昔、私の家の隣りに住んでいた濱田さんちの兄ちゃんがよくそうやって物干しにギターを持ち出しては弾いていたのだが、私はそこに何というかとても大人の雰囲気を感じたものなのだ。計算すると当時濱田の兄ちゃんはまだ高校生くらいであった筈だが、私にとってはまったくの大人に見えた。私も大きくなったらああやって物干しでギターを弾いてやるのだ、と心に誓ったことは、濱田さんちの物干しの雨ざらしで錆が浮き赤茶けてしまったトタン板の色とともに未だに克明に頭の中にある。それでも結局私は物干しでギターを弾くことを果たせず仕舞になってしまったけれど。悲しむべきことに私の家の二階には物干しがなかったのである。
 物干しがないからといって、たとえば家の玄関前にギターを持ち出して弾くという訳にはいかなかった。なんとなれば、玄関前というのはあまりに日常的な空間であるし、そんなところでギターを弾くというのは、二階の物干しよりもずっとアナーキーな行為であるような気がしたからだ。あるいは屋根の上という候補地もあったが、屋根の上でギターを弾くわけにはいかない。そこはバイオリンのための場所と決まっているからだ。場所は楽器を規定するものなのである。だからもし当時の我が家に物干しどころかテラスがあったとしても私がギターを弾くわけにはいかなかった筈だ。テラスではオペラかカンツォーネを朗々と謳うべきものと相場が決まっている。
 そして物干しにはギターである。それもフォークギターでなければならない。
 たとえばレスポールをマーシャルにぶちこんで、最大音量で弾くなどということをしてはいけない。そんなことをすれば、ものの五分もせぬうちに警察がやってくるであろうし、あるいはストラトキャスターを持ち出して歯で弾いたり背中で弾いたりすれば、救急車がやってくるだろう。更にそのギターに火を点けて燃やしたりすれば消防車までやってくるのだった。
 物干しにはフォークギターが似合う。そこはかとなく漂う侘しさが素晴らしい。
 物干しにグランドピアノを持ち出して弾くのは運搬になかなか骨が折れるし、大正琴ではどうかしている。アルペンホルンではちょっとよく判らないことになってしまうし、シタールではますますよく判らなくなってしまうのである。
 だから物干しにはフォークギターなのである。恐らくくだんの少年は、前日まで自室でかなりの練習を積んだのであろう。そしてふと気づけばCからFへのコードチェンジがすんなりとできるようになっている。Bフラットを押さえても二弦がつまらずに鳴っている。少年は歓喜にうち震えるのだった。
「よし。これで俺も一人前の大人だ。いよいよ物干しデビューだ」
 そして彼は翌朝さっそく物干しにギターを持ち出して弾いている。そういうことだろう。そう思って見れば彼の顔に何だか誇らしげな表情が浮かんでいるようでもある。物干しデビューを果たせなかった私にとっては非常に羨ましいことである。
 結局物干しデビューできなかった私が、大人になったものだと自覚したのは、高校生になって生まれて初めて献血をしたときである。放課後、高校の近くに献血車が停まっており、自分が献血できる年齢になっていることに気づいた私は友人とともに半ば興味本位ではあったが、そこに赴いたのである。下膊部に刺さった注射針から血液が抜き取られてゆく疼痛を感じながら、私は自分が大人になったように感じた。
 ただし、その後がいけなかった。情けないことにたかだか二百ミリリットルの血液を抜かれただけで、私は軽い貧血になってしまった。たまたま近所のパン屋の顔見知りのお姉さんも献血に訪れていたのだが、彼女は顔を蒼くしている私を見ると慌てて店へとって返し、「はい。これでも食べなよ」といくつかパンを持ってきてくれた。看護婦さんも「んまあ、あなた大丈夫」と、通常献血に行くとひと罐くれるバヤリースを四本もくれた。「これで元気つけなさい」
 有難いのは確かなのだが、貧血で気分が悪いところにそう何本もジュースを飲めるものではない。しかも、そうっとしておいて欲しいのに、やんやと騒ぎ立てるのでちょっと困ってしまったものだ。まさしく、「小さな貧血、大きなお世話」というやつである。
 まあ、そんな風に人はいろいろな場面で「これで自分も大人だ」と自覚し、そのくり返しのうち、やがて本当に大人になってゆくのだろう。
 そういえば、学生の頃何人かで雑談していて、どんな時に大人になったと感じたか、という話になったことを今思い出した。その時、一人がこう言ったのである。
「あのさ。カルピスってあるだろ。俺はね、カルピスを飲んでも口の中に白いもにゃもにゃが残らなくなったときに、大人になったと感じたね」
 何のことを言っているのか、よく判らなかったので詳しく訊いてみた。彼によると、子供はカルピスを飲んだあと、口の中に白いもにゃもにゃが残るのだという。ところが大人になると、いくらカルピスを飲んでも、もうもにゃもにゃはできなくなる。もにゃもにゃができないのが大人の証しだというのである。
「なるほど」
 そこで私は、大人になる瞬間というのは人それぞれであるなあ、と大いに感嘆し深々と肯いたのであった。内心かなり狼狽しながら。
 というのも、当時は黙っていたが、実は私はいまだにカルピスを飲むと、口の中に白いもにゃもにゃが残るのである。ああ。三十歳だというのに、まだもにゃもにゃなんぞができるのです。
 つまりカルピスは、私がまだまだ子供であると証明しているのか。カルピスごときが私にそう訴えているということなのか。ううむ。あまり考えたくはない話である。


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1998/08/03
文責:keith中村
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