第140回 インタビュー


 こんなエピソードがある。
 フェリーニが一九八七年に映画を撮った。日本人記者がフェリーニにインタビューするところから始まる映画である。彼はどうしても映画に日本語で題名をつけたくて、「インタビュー」は日本語で何というのかあれこれ調べたのだそうだ。ところがどうしたことか、日本語には「インタビュー」にあたる言葉がない。フェリーニは残念に思ったが仕方なく、その映画にイタリア語で「インテルビスタ」と名づけた。
 試しに「インタビュー」を辞書でひいてみると、面談だの会見だの一応の意味は載っている。だが我々が普通にインタビューという語を用いるときには、とくに記者など報道関係者が取材をするという意味が強いので、これだけの説明ではまったく不完全だろう。詳しい辞書では、「記者会見」などと書かれていることもあり、これは一見、より正確な説明になっているようである。しかし、よく考えると我々は「記者会見」と「インタビュー」をイメージの上で別物として捉えているのだ。記者会見というと、芸能人がホテルのホールやなんかにマネージャーや事務所の人間とずらりと並んで座り、たくさん詰め掛けた報道陣が浴びせるフラッシュの中で「ええ。ビビビと来たんです。ビビビの鼠男です」と婚約発表したり、「今度生まれてくるときは。今度生まれてくるときは一緒になろうねって誓ったんです。うええん」などと所謂破局宣言をしたりといった場面を連想する。かたやインタビューというと、これはひとりの記者のみから質問を受ける様子が浮かんでくる。それに、記者会見と違いインタビューを受けるのは芸能関係者スポーツ選手などにとどまらず、普通の市井の人間であることも多いのだ。
 私は、このインタビューというものを受けたことはないのだが、以前テレビを見ていると、ニュース番組の街頭インタビューで偶然知人が映っていたことがあった。どんな内容であったかはあまり憶えていないのだが、かなり訥弁であるその知人があたかも人が変わったように饒舌に喋っていたので吃驚した記憶がある。よく言われるようにカメラの前では人間は変わるものらしい。
 それにしても、一般の人間がインタビューを受けるときというのは、どうしてあんなにも同じような言葉ばかりが出てくるのだろうか。どこかで聞いたようなことばかり言っている。
 たとえば、連続婦女暴行魔の向かいに住んでいた主婦は、腕を組んだ状態から片手をあげ、掌を頬に当て、やや眉をひそめながら「ええ。とってもおとなしい温厚な方でしたよ。あの人がまさか、ねえ」普段何か変わったことはありませんでしたか、という記者の問いかけには「そうねえ」としばし考え込んで後、「そういえば一度、回覧板をねえ」「はい」「回覧板をなかなか回してくれなくって困ったことがありましたよ」「はああ。回覧板をねえ。そりゃ困りますねえ」「ええ。困りましたよ」確かに回覧板を回してくれないと困るだろう。ごみ回収の日が変則的になるという告知などは知らないとかなりまずい。しかし、だからといって、婦女暴行と回覧板はまったく関係ないんじゃないか、と思うのである。
 新しい内閣には何を望みますか、などという質問にサラリーマンは「そうですねえ。しっかりと頑張ってほしいですね」そりゃあ、いやしくも一国の政府なのだから、そんなことはいちいち言われなくってもしっかりとは頑張るだろう。結局、何も言っていないのと同じである。あるいは、どんなことを真っ先にやってほしいか、という問いには「消費税をなくすか、引き下げるか、してほしいですよね。ねえ」なんていうのが多くなるだろう。「消費税を八パーセントか、思い切って十パーセントくらいに引き上げましょうよ。やばいですよ。早いとこなんとかしないとこの国つぶれちゃいますよ」なんていう意見はまず出ない。
 もちろん、報道の世界に編集や取捨選択はつきものであるから、さまざまな意見があっても最終的に当たり障りのない月並みな意見だけを報じるようになってしまうのだろう。それでもしかし、報道側の思惑通りのありがちな意見を言う人が多いのも事実ではなかろうか。
 思うにやはり日本人というのは、自分の意見を述べることにはまだまだ不馴れなのであろう。国民性というやつなのかもしれないが、それは最初に書いた、インタビューに対応する日本語がない、ということにも端的に顕れているのではないか。すなわち、自分の意見を述べるという行為がちっとも定着していないので、その行為を意味するインタビューという語だって英語からの借り物のままなのであろう。
 それに対してインタビューの本場アメリカはまったく事情が異なっている。実際、アメリカ人というのは我々日本人が逆立ちしても到底言えないような意見をずばずば言うのである。
 たとえば、アメリカの片田舎の農夫、何も農夫を差別するわけじゃないが、たかが農夫であってもインタビューに対してこのように答えたりするのだ。
「ありゃあ確か、おらが農場から車に乗って帰ってくる途中だったよ。もうすっかり夜だったねえ。突然緑色の光に包まれたかと思うと車ががたがた揺れはじめたんだ。びっくりして窓から外を見回すと、なんてこったい、車の上方に大きな皿のようなものが浮かんでるじゃねえか。あっ、と思う間もなく車はそいつに吸い寄せられるように空中に浮かんだんだ。おらあ魂消たねえ。そんでよお、そのあとすぐ気を失っちまってねえ。気がつくとおらあ、また道の上にいたんだけどよお、時計を見ると四時間もたってるじゃねえか。ありゃあ一体何だったんだろうねえ」
 一介の主婦だって黙っちゃいない。
「ええ、そうよ。バルコニーで編み物をしてたんです。すると、物凄い音がして。向こうの原っぱに何かが墜落したみたいでした。慌てて行ってみると奇妙な色に光る金属片が散乱していました。わたしは、そのかけらをひとつ持ってかえったんです。次の日、政府からやってきたという黒い背広の男が二人現れて、昨日拾ったものを渡せ、というんです。で、このことは誰にも言ってはいけない、と残して彼らは去ってゆきました」
 流石はアメリカである。我が国じゃ、なかなかこんな意見は出ないぞ。
 やはり本場は違う。って、本場なのかよ。


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1998/07/29
文責:keith中村
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