第139回 タイタニック


 それにしても最近すっかり映画を観なくなってしまった。かつては、かなりの映画好きであった私がである。これまでにもっともたくさん映画を観たのは高校三年のときで、この年はビデオ、テレビ、劇場を併せると千本を越えた。誇張でも嘘でもない。もっとも、そのうち実際に劇場へ足を運んで観たものだけなら百本足らずであり、これは映画通から言わせればさほど目立って多いというものでもなかろう。それにしても、大雑把に計算して一日三本程度、時間に換算して六時間ほども映画に費やしていたわけで、今から思えば受験生でありながらそういった生活をしていてよく大学に合格したものだ。おそらく、採点者が間違えて多いめに点数をつけたのだろう。
 ところが、働きはじめたあたりからちっとも映画を観なくなってしまった。時間が少なくなったのと、あっても面倒臭さが先に立ってしまうからだ。そんなわけで、ここ数年は映画を観ていない。学生時代なら、観ていない映画であってもスタッフやら出演者やらのデータを頭に叩き込んで、さも観たことがあるように最低十五分は偉そうに語ったり能書きを垂れたりすることもできたが、今ではさっぱりである。
 たとえば、最近の話題作に「タイタニック」というのがある。オスカーを総なめしたという名作であるらしい。だが、私がこの映画について知っている二、三の事柄といえば、監督がジェームス・キャメロンであること、レオナルド・ディカプリオが出演していること、主題歌が売れに売れていること、くらいだ。あ、もうひとつあった。オーストラリアにこの映画を百回観られるだけのチケットを購入した馬鹿がいるということだ。まったく大馬鹿ものではないか。それだけの金があれば、もっと他に有効な遣い道があるだろうに。たとえばカレーを喰うとか、カレーを喰うとか、他にも、カレーを喰うとか、だ。
 ところで、ジェームス・キャメロンと言えば私はいまだにSF映画の新進気鋭の奇才という印象を受ける。私の映画体験が「ターミネーター」や「エイリアン2」の頃で停止してしまっているからだろう。確か、キャメロンの処女作は「殺人魚フライング・キラー」であったと記憶している。といっても、現在ではなかなか観られない映画であろうし、題名だけでは判らぬだろうから簡単に説明する。まず、魚がいるのだ。この魚はこともあろうに空を飛ぶのだ。そして人を殺す。そう。その魚は殺人魚だったのだ。ぎええ。以上。
 ディカプリオなる役者については、実は何ひとつ知るところがない。顔もよく判らないのだ。
 しかし、これでは話が進まぬので、ここは私が「タイタニック」の粗筋を想像しながら書いていこうと思う。なあに、これまで人の数倍から数十倍の映画を観てきた私である。しかも題材はかの有名なタイタニック号事件であるから、実際の映画とそれほど大きく違うということはなかろう。
 まず、映画が始まると海が映っている。これはもう誰が何と言おうと間違いなく海である。だって、タイタニックなどという題名を掲げていながらいきなり棒をもった猿が殴りあっていたり、ドロシーが竜巻で飛ばされたりしていたら観客は怒り出すだろう。それでは羊頭狗肉だ。だから、ここは海だ。
 カメラがパンすると大きな大きな豪華客船が映し出される。これがタイタニックだ。これも間違いない。マリーセレスト号であったり第五福竜丸であったりしては困ってしまう。で、タイタニック号は今まさに処女航海へむけて旅立たんとしているのである。
 そろそろ登場人物が紹介される頃だろう。心配はいらない。何しろパニック映画だけでもこれまでに数限りなく観てきた私だ。まず、穏やかな老夫婦は欠かせない。それに、業突く張りの成り金、気のいい青年もいるだろう。新婚旅行の若夫婦も押さえておきたい。あとは、太った上品なおばさん。もと水泳選手だったりするかもしれない。船長はきっと髭を生やしているのだ。ね、そうでしょう。
 で、ディカプリオは何の役か。これは私が名前しか知らないので想像するのもなかなか難しいところではあるのだが、大丈夫だ。やつは大きな手掛かりを与えてくれている。それは名前だ。その名前から想像するにきっとかなり身長があって体格もがっしりした役者であろうと思う。有り体に言えば、でかい奴に決まっている。多分アーノルド・シュワルツェネッガーみたいな男だろう。ということは、「アー・ユー・サラ・コナー」などと呟きながらリンダ・ハミルトンを追いかけまわしたりするのかもしれないが、いや、そんなことはないな。何しろタイタニックである。リンダ・ハミルトンは出ていないだろうし。むしろ、沈みゆく船の上でそれでも勇気をもって人々を誘導したりするのだろう。ちょうど、「ポセイドン・アドベンチャー」でジーン・ハックマンがやっていたような役である。
 いや、違うな。どう考えてもディカプリオは主役であろう。ということは、いちばんいい役のはずだ。業界用語でいう、おいしい役の筈である。舞台はタイタニックである。では、いちばんおいしい役は何か。もちろん、それは溺れる役だろう。ディカプリオは溺れる役である。ぶくぶく。
 むむ。違うかもしれない。よく考えると、タイタニックなのだから大多数の人間は溺れるのだろう。ということは、天下のディカプリオがそんな皆と同じように溺れる役ということもなかろう。もしかしたら溺れる演技が無茶苦茶うまい、とにかく溺れる、すごく溺れる、とかそういった可能性もあるが、「溺れる演技をやらせたらディカプリオの右に出る奴はいない」などという評を聞いた記憶もないので、やや薄い線か。
 ならば、残る役はたったひとつだ。ああ、そうか。そういうことだったのか。どうしてそこに初めから気がつかなかったのか。我々は廻り道をしてしまった。そうなんです。ディカプリオは名探偵だったのだよ。ね、そうでしょ。絶対そうだ。決まっている。
 読めてきた。あの業突く張りの成り金が殺されるのだ。一等船室の中で、ひとりっきりでいるところを。しかも扉には施錠がしてある。密室だ。身体には合計十二もの刺し傷が。犯人は誰だ。
 乗客にはすべて完全な不在証明がある。この謎に果敢に挑むのが名探偵ディカプリオなのだ。映画の終盤近くでディカプリオは皆を一室に集めて、こういうのだ。
「みなさん。ようやく犯人が判りました」
 カメラはすべての人物の顔を順に捉える。
 ディカプリオは続ける。「それは――」
 と、そこへ激しい衝撃と轟音。ああ、タイタニックは氷山にぶつかってしまったのだ。海へ投げ出される乗客たち。ぶくぶく。
 浮輪やら木切れなどに縋って、あるいは救命艇に乗って助かろうとしている乗客たち。魚が集まってくる。ああ、この魚たちは、殺人魚フライング・キラーなのである。ぎええ。以上。
 結局謎は解けずじまいだったのだ。残念である。私はあの若夫婦の嫁の方が怪しいと睨んでいたのに。  


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1998/07/27
文責:keith中村
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