第135回 多重人格


「どうもー。こんにちはー」
「どうもー。よろしくお願いしますう」
「いやあ、僕らもねえ、頑張っていかなあかんなあって言うてるんですけどね」
「そうです」
「それにしても暑なりましたなあ」
「ほんまにそうやねえ」
「この分やったら十二月なったら偉いことやで。焼け死ぬで」
「そうそう。めらめらー言うてねえ。って、んな訳あるかいな」
「ありませんか」
「ないない。べたべたなボケしいなて。ところで、夏いうたらやっぱり海ですね」
「あー。ええねえ。僕、海大好きやわ」
「あたしも海好きなんですわ」
「そうかいな。ほしたら、今度一緒に海行こか」
「や、誘てくれんのん。嬉しいわあ」
「海はええよー」
「ほんまです」
「砂浜でね、二人で並んで、こう、こんな感じで、『なんでやねん』。『んな、あほな』」
「こらこらこら。ちょっと待ち。何で海行ってまでネタ合わせせなあかんねんな」
「あきませんか」
「あかんあかん。あきません。そもそも不可能です」
「なるほど、不可能やね」
「うらうら。ぼけたこと言うてたらぶち殺すぞ、われ。がるるー」
「うわ」
「出た」
「がるるー」
「なんや、がるる言いながらあっち行きよったで。ああ、吃驚した」
「あかんで。あの人起こしたらめちゃめちゃや。おちおち漫才の練習もできひん」
「せやな。気い付けななあ」
「ところで、何の話でしたっけ」
「海です、海」
「そうそう。そうでした」
「ああん。ああん。ママー。どうして僕を助けてくれないの。苦しいよお。息ができないよお。ママー、どうしてオールで僕を突くの。ママー。ママー。おぼれちゃうよお」
「あかん。難儀な奴でてきたで。君が海の話振るからやがな」
「な。な。ぼく、ぼく。大丈夫やで、心配ないで。ぼく、助かったんやから」
「ぐすぐす。えー。大丈夫なの」
「大丈夫や」
「そうなん」
「そうそう。だからね、あっちでおねんねしておいで」
「うん。わかった」
「ああ、引っ込んでいきよった」
「海はまずかったわ」
「せやな。可哀相にあの子、幼児虐待されたんが、トラウマなってるからねえ」
「ほな、海はやめましょ。山です。山。夏いうたら山に限ります」
「あー。山、いいですね。キャンプ・ファイヤー囲んで、ギターに合わせて歌ったりね」
「あー。何かこの、青春ですねー」
「ちょっと、歌ってみよか。ええか、僕が『静かな湖畔の森の陰から』て歌たら、君も歌い始めるんやで」
「はいはい。輪唱ですね」
「ほな、静かな湖畔の森の陰から」
「もう起きちゃいかがと」
「ちょっと待ち。それじゃ、輪唱になってへんやん」
「あ、ごめんごめん」
「もっぺん、行くで。静かな湖畔の森の陰から」
「もう起きちゃいかがと」
「こらこら、あかんがな」
「……でもねー、よう考えたらあんたが歌ってたら、あたし、声出されへんやん」
「……そやな。すまん、気い付かへんかったわ。何しろ、体はひとつしかないもんなあ」
「ママー。ママー。やめてよー。どうしてぼくを木にくくりつけるのー」
「ああ、もう。起きてきやがった。もう起きちゃいかがと、なんて歌たんが悪かったか」
「ママー。ああん。苦しいよー。恐いよー」
「山は山であかんのかい」
「ね。ね。ぼく。心配ないよ。お姉ちゃんが、いてあげるからね」
「うん。ぐすぐす」
「寝ついたか」
「うん。寝ついた」
「頼むで、ほんまに。ああ、このトラウマ餓鬼泣きくさったから、僕まで顔ぐしゃぐしゃなってるわ」
「しゃあないやん、そんなん。あたしも一緒やで、それは。なにしろ、おんなじ体使てるねんから」
「がるるー。しばくぞ、われ。がるるー」
「わ、また出てきおった」
「きゃー」
「がるるー」
「ああ、引っ込んでいった」
「でも、あいつ怖ないからね、ほんまは。あたしらには絶対よう手え出せへんよ」
「そやな。共倒れになるもんな。殴ったとたんに、きゅう言うて自分が倒れなあかんからな」
「そうそう」
「しかしもう、何が何や、わかれへんなってきた。もっぺん、漫才の続きしよか」
「ああ、ちょっとちょっと、待ちなさい、あんたたち」
「うわっ、ご隠居出てきはった」
「あんたたちね、漫才もいいけど、落語しなさい。せっかくこうやって私もいるんだから」
「このご隠居、仕切るべき長老人格やのに、落語好きでしゃあないよなあ」
「何か言ったかね」
「いやいや、何でもありまへん」
「わしがちょっと手本に落語を一席やってあげよう」
「いやいや。結構です。そろそろ僕ら、引っ込む時間ですよってに」
「もうちょっと大丈夫だろう。基本人格は、わしがもうちょっと押さえ付けて起きないようにしておくから」
「あきませんて、この人、そろそろ起こさんとならんし」
「いいから、ちょっと落語をやらせなさい」
「引っ込んで寝なあかんのに」
「えー毎度馬鹿馬鹿しいお話を」
「ああ。始めよったがな。寝られへん。これじゃまるっきり『寝床』やがな」
「ママー。ママー」
「ああん、よしよし、いい子ねえ」
「がるるー。おどれら皆殺しじゃー」
「ところがこの幸兵衛さん、止せばいいのに何かに付けて一言多い」
「ママー。ぶたないでー」
「大丈夫よ、大丈夫」
「うらうらー。死なすぞー。がるるー」
「はあはあ。有り難や、お材木に助けられた」
「ママー」
「泣かないで」
「がるる」
「調べてみればこれが本名だった」
「ああっ、もう、わややがな。……あっ、あかん、そろそろ起きてきよるぞ。主導権返さなあかん。返さなあか」

「はっ、俺はどうしてたんだ。また記憶がとんでいる」


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1998/07/13
文責:keith中村
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